世界の文字
グラゴル文字 英 Glagolitic,露・ブルガリア глаголица,クロアチア glagoljica,チェコ hlaholice
グラゴル文字は古代(教会)スラヴ語 (Old Church Slavonic,露 Старославянский язык) のために創案された 2 種類の文字の 1 つで,もう 1 つはキリル文字である。
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キリルとメトディウス、ブルガリアのトロヤン修道院の壁画。[Zahari Zograf / Public Domain / 出典] |
スラヴ人が初めて自分たちの文字を得たのは,コンスタンティノス Kōnstantinos(修道士名キュリロス Kyrillos,スラヴ名キリル Кирилл)で有名な弟と,その兄のメトディオス Methodios(スラヴ名メトディー Мефодий)の 2 人が,
大モラヴィア公国 (830~906,現在のチェコ,スロヴァキア,ハンガリーにまたがった国)にしかるべき教会の組織を作るために呼ばれたことと関係する
。[1]
大モラヴィア公国のロスティスラフ公は,ビザンツ皇帝ミハイル III 世に使者を送り,スラブ語で正しい教えを説く教師の派遣を要請した。ミハイルは学者として令名のあったコンスタンティノスと,その兄のメトディオスを選び,モラヴィア布教の準備を命じた。兄弟は北ギリシアのテサロニキの生まれで,その地のスラブ人の言語によく通じていたので,新しくスラブのアルファベットを考案し,聖書や祈禱書をギリシア語から翻訳し, 863 年にそれを携えてモラヴィアへ赴き伝道を開始した。このアルファベットがグラゴール文字であり,キリル文字はその数十年後にブルガリアで別の字形に移し変えられてつくられた,新しいアルファベットと考えられている。
文字構成
2種類のグラゴール文字(丸型・角型)と,対応するキリル文字とその転写文字,およびそれぞれの文字の数値を次にあげる。グラゴール文字とキリル文字は平仮名と片仮名ほどではないにせよ,よく対応しているので翻字 (transliteration) による問題はそう多くない。[2]
草書体
現存資料
古代教会スラブ語の現存する資料は,10 世紀から 11 世紀にかけて存在したものである。グラゴール文字の資料は,ブルガリアの新約四福音書「ゾグラフォス写本 Codex Zographensia」と「マリア写本 Codex Marianus」,ブルガリアの抜粋福音書「アッセマーニ写本 Codex Assemanianus」,旧約の「シナイ詩篇 Psalterium Sinaiticum」,「シナイ祈禱書 Euchologium Sinaiticum」,クロアチアの説教集「クローツ文書 Glagolita Clozianus」である。キリル文字の写本には,福音書の「サバの書」と聖者伝集成「スプラシル写本」,「エニナ使徒行伝」,福音書「ヴァチカン・パリンプセスト・アブラコス」がある。[3]
グラゴール文字写本
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ゾグラフォス写本 Mark's Gospel [Anonymous / Public Domain / 出典] |
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ゾグラフォス写本 St Luke XIV, 19-24. [Anonymous / Public Domain / 出典] |
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マリア写本 [Unknown / CC BY-SA 4.0 / 出典] |
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アッセマーニ写本 Fol. 158 [Unknown / Public Domain / 出典] |
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シナイ詩篇 Folio 1 recto [Unknown / Public Domain / 出典] |
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シナイ祈禱書 Sin. slav. 1/N, f.1r [Unknown / Public Domain / 出典] |
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クローツ文書 [Unknow / Public Domain / 出典] |
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上述のもの以外はごく短い断片ばかりである。その中で特に重要なのは 10 世紀のモラヴィアで書かれたものと推定される,典礼の方式はローマのもので,ラテン語からの訳である祈禱書 「キエフ断片 Folia Kijevensia Kiev Fragments」で,グラゴール文字で書かれた7葉の断片である。あきらかに現存写本中最古のもので,子文書学的にも言語学的にも稀に見る古さのテキストであり,音の面でも形態の面でも徹底して古い特徴を保持している。[4]
また,プラハで発見された2葉のプラハ断片(Fragmenta Pragensia Fragmenta Pragensia)は,1葉がパリンプセスト(一度かかれた羊皮紙の文字を消して,また用いたもの)で,その下のテキストの文字もグラゴール文字である。文字の特徴は最古の大モラヴィア時代,チェコの時代であることを示している。[5]
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キエフ断片 [Zde / CC BY-SA 4.0 / 出典] |
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プラハ断片 [Unknow / Public Domain / 出典] |
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キリル文字写本
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サバの書 [Unknown / Public Domain / 出典] |
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スプラシル写本 [Unknown / Public Domain / 出典] |
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クロアチア・グラゴール文字
12 世紀以後はクロアチアの一部を除きグラゴール文字は殆ど用いられなくなる。ところが,14 世紀以降西クロアチアのカトリック教会の一部では《クロアチア教会スラブ語》と結びついた「角張った」グラゴール文字を用いる伝統が長く続き,とくにダルマチアのアドリア海北部のクヴァルネル群島の少数の島々のカトリック教会では 20 世紀初めまで典礼用に用いられていた。[6] クロアチアにおけるグラゴール文字使用の変遷は Žubrinić (1995) [7]が詳しく述べている。
クロアチア・グラゴール文字では数百の合字が用いられた。以下は Žubrinić (2010) [8]
に掲載されている合字の例である。Free Font: Glagolica Missal DPG を使用。
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バスカ石碑(Baška,11 世紀初頭,クルク島) に刻まれたクロアチア教会スラブ語を表す文字。石碑 (2 × 1 m2,800 kg)には約 400 のグラゴール文字が刻まれている。Žubrinić (2010)参照. [Unknown / Public Domain / 出典] |
サンプルテキスト
グラゴール文字
キリル文字
注
- ^ 千野栄一 (2001)「グララゴル文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, p. 358.
- ^ 千野栄一 (1998)「古代スラブ語」『世界の言語ガイドブック I』 三省堂. p. 83.
- ^ 千野 (2001) pp. 359-360.
- ^ 千野 (2001) p.360.
- ^ 千野 (2001) p.361.
- ^ 佐藤純一 (1999)「スラヴ文字の成り立ちと特質」『たて組ヨコ組』(53号),モリサワ, p. 11.
- ^ Žubrinić, Darko (1995) Croatian Glagolitic Script
- ^ Žubrinić, Darko (2010 ) Croatian Fonts for Users of LaTeX
関連リンク・参考文献
[最終更新 2023/11/10]