地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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世界の文字

書写材料

粘土板 英 Clay tablet


メソポタミア地方は,地質学上,チグリス・ユーフラテス河の沖積層に属し,細かい粘土が上流から運ばれ沖積土となって堆積したので,粘土は無尽蔵に得られた。この地に住みついたシュメール人が用いた書写材料としての粘土板は,紀元前 4 千年紀中頃からメソポタミアで発達した楔形文字文化の広がりと共に,周辺の異民族にも導入され,そこに書かれた言語もシュメール語アッカド語ヒッタイト語エラム語などで,最終的にはパピルスと革の使用が優勢になるまで数千年にわたって用いられた。[1]

出土した楔形文字粘土板文書の分布地図 [Sémhur (talk) / CC BY-SA 3.0 / 出典]

楔形文字粘土板文書の成立まで

粘土製トークン [Public Domain / 出典]
新石器時代,動物や幾何学模様などの形をしたトークンと呼ばれる小型粘土製品が作られるようになり,計算具として物品の商取引や会計管理用に用いられた。中部イラクの古代都市ウルクからはトークン入りの粘土球(表面には中身が素早く確認できるようにトークンを押し付けた)が出土している。最終的には,粘土球にではなく,粘土板にトークンの形が刻まれるようになる。そこに刻まれた記号は(ウルク古拙文字,絵文字,楔形文字の原型,楔形文字へと進化する過程で,記号としてだけでなく音も表わすようになる。楔形文字体系が整い,文字数が整備される一方,抽象的で複雑な表現が可能となり,前 2000 年頃には文学作品も登場した。


各種粘土板文書

古拙文字が主に出納に関する内容に用いられたが,楔形文字へと進化するにつれて,書かれる内容は大きく広がっていった。代表的なジャンルは,行政経済文文書,私的法文書,条約・誓約,書簡,王碑文,編年体歴史記録文書,歴史文書,文学書,科学文書などである。

文学作品

『ギルガメシュ叙事詩』:シュメール人が残した神話の一つに,ウルク第1王朝時代の実在の王ギルガメシュを主人公にした,シュメール語で語られる『ギルガメシュ叙事詩』があり,その後,メソポタミアのバビロニア,アッシリア,ヒッタイトなどの諸民族のことばに翻訳され,楔形文字で粘土板に書かれたものが残っている。人類最古の物語であり,メソポタミア文明を代表する文学作品である(全 12 書版。特にこの中に『旧約聖書』の大洪水(ノアの箱船)の話の原型が含まれていた(第 11 書版[2]

第 5 書版:フンババ征伐 [Osama Shukir Muhammed Amin FRCP(Glasg) / CC BY-SA 4.0 / 出典]
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第 11 書版;ノアの箱船 [Public Domain / 出典]

シュメール語版ギルガメシュ[3] [Osama Shukir Mu-hammed Amin FRCP (Glasg) / CC BY-SA 4.0 / 出典]
古バビロニア語版ギルガメシュ[4] [Public Domain / 出典]

『アトラ・ハシース物語』:『ギルガメシュ叙事詩』とならぶバビロニア人の考え方や感性に大きな影響を与えただけではなく,遠く現代人の想像力や世界観にも影響を及ぼしている。この神話では,人間の起源や運命,その存在理由が,素朴だが納得のいくように説明されている。物語は全体の 2/3 が復元され,かなり正確に物語の全体像を掴むことができる。書かれたのは前 18 世紀頃で,1,200 行ほどの詩が 3 枚の粘土板に分けて記されている。[5]

アトラ・ハシース物語 [Public Domain / 出典]

語学書

『シュメール・アッカド語併記粘土板』 :リムシュ王(在位:紀元前 23 世紀頃)のシュメール・アッカド語併記粘土板。上欄がシュメール語,下欄はアッカド語訳。[6]

シュメール・アッカド語併記粘土板 [F. THUREAU-DANGIN / CC BY-SA 4.0 / 出典]

ウガリット語アルファベット:ウガリット文字が刻まれた粘土板。 [7]

ウガリット語アルファベット [Chaos / Public Domain / 出典]

エラム線文字 アケメネス朝ペルシア時代の王都スーサから出土したエラム線文字が刻まれ粘土版[8]

エラム線文字 [Zunkir / CC BY-SA 4.0 / 出典]
エラム線文字 [Zunkir / CC -SA 4.0 / 出典]

天文学書

「MUL.APIN」 バビロニアにおける天文学について解説している粘土板。研究者のあいだでは通称で「MUL.APIN」(あるいは「Mul-Apin)と呼ばれている,一連の粘土板群の最初のページ。 紀元前 1000 年ころに編纂されたもののようだ,と研究者らからは判断されている。(大英博物館所蔵) [9]

天文学 [British Museum / CC BY-SA 4.0 / 出典]

契約書

ウルクから発見された契約書:ビールの割り当てを記録する初期の書き込みタブレット。紀元前 3100 年から 3000年(先史時代後期)。高さ:9.4 cm,幅:6.87 cm; おそらくイラク南部から出土。(英国博物館)[10]

ビールの割り当てを記録するタブレット [Jim Kuhn / CC BY 2.0 / 出典]

平和条約:紀元前 1259 年に,ヒッタイトの大王ハットゥシリ 3 世とエジプトのファラオ・ラムセス2世の間で,シリアにおける国境線の確定,相互不可侵,外敵に対する共同防衛を取り決める平和条約が結ばれた。 正文を銀板に記し,粘土板にコピーしたものを両国が所有したが,正文を記した銀板は発見されていない。[11]

ヒッタイト・エジプト和平条約 [Public Domain / 出典]

その他の文書

円筒印章:楔形文字と同じく,粘土という書写材料に適合した媒体であった。円筒印章は管玉形で中央に紐を通すための穴が貫通しており,側面を粘土の上で転がすと,浮き彫り状の文様が粘土の表面に刻み付けられる。古代メソポタミアで所有者などを示すために使用された印章であり,図や文章が書かれており,様々な情報がそこから得られる。紀元前 2600 年頃。(ルーブル美術館所蔵) [12]

動物と戦う英雄を描いた円筒印章(左)とその印影 [Marie-Lan Nguyen / Public Domain / 出典]

バビロニアの世界地図 [British Museum / Public Domain / 出典]

『バビロニアの世界地図』:知られている最も古い世界地図で,紀元前 600 年頃のバビロニアの世界地図。世界を「苦い水」と呼ばれる水の輪で取り囲まれた円盤として描いた地図。ユーフラテス川はバビロンを抜けてペルシア湾岸の沼沢地へ流入している。国や市は円で囲まれ,円盤のまわりには,伝統的生物の住む地域として 8 つの三角形が描かれている。粘土板はアッカド王サルゴン,洪水伝説の英雄ウタナビシュティムに言及している。長さ 12.2 cm,幅 8.2 cm ,シッパル出土,北が上。[13]


勝利の事績リスト [Unknown artist / Public Domain / 出典]
粘土製碑文:碑文は石製のものが多いが,古代メソポタミアには粘土製の碑文もあった。これには円筒柱,六角柱,八角柱があり,高さは 15~30 cmで,柱の中央には棒に挿して垂直に立てるための穴が貫通している。こうした柱状碑文には,王の事績や発令した命令が刻まれており,柱の周りを回るように読まれたと思われる。図は,アッカド王リムシュ(Rimush,在位:紀元前23世紀頃?)による,Marhashi および Elamite の各都市での勝利の事績リスト。 紀元前 2270 年。[14]


関連文献

[最終更新 2020/12/10]