タム文字 英 Tham script
タム文字(Tai Tham script 〈Dai Tam, Tai Lü〉, Lanna script, 西双版纳傣文とも)は,タイ系の人々が用いてきた文字の一種で,パーリ語ならびに使用者たちの話すタイ諸語を表した。タム文字が用いられた地域は,今日のタイ国北部をはじめとして,ラオスの低地部全域およびタイ国東北部,ビルマ(ミャンマー)のシャン州のチェントクンを中心とした地域,中国雲南省西双版納傣族自治州を中心とした地域と,これらの地域を繋ぐ地帯の各地に及ぶ。これらの地域のうちで,タム文字が最初に用いられたのはタイ国北部であったと考えられる。
タム文字の字体は,東南アジア大陸部で用いられた南インドに起源をもつ諸文字の中でもモン文字に似かよい,ビルマ文字などとともにモン文字支流に分類される。タム文字の直接の来源は,13 世紀後半にハリプンチャイ王国(現タイ国北部のラムプーンを中心としたモン人の王国)で用いられていた文字であったと推測される。ハリプンチャイ王国を征服してのちにラーンナーと呼ばれた王国を築いたタイ人たちが,仏教とともに当時のモン文字を摂取し,パーリ語だけではなくタイ語(タイ・ユアン語)も記したのが,タム文字の始まりであろうと考えられている。
伝播した各地で,仏教関係の経典や注釈書が,もっぱらタム文字で数多く書かれたが,のちには世俗の事柄を記すにもタム文字は広く用いられ,年代記,習慣法,儀礼の教則本,医薬書,占星術や呪術の教本,倫理書,民話,詩文などが貝葉や紙製文書として残る。20 世紀初頭に北タイ地域はシャム王国へ統合され,タム文字を継承してきた仏教サンガもシャムのサンガの中央集権的統制化に置かれたために,以来,北タイのタム文字は衰微した。 [1]
文字構成
子音字母とその脚文字
各子音字母には,対応する脚文字形(「尾,ハーン(hang)」などと呼ばれる)があって,子音複合の場合,後続子音には脚文字形が用いられる。脚文字は概ね子音字母の下に位置して書かれるが,その字体には,字母とほぼ同形のものと独特の省略形のものとがある。
子音字母は,中子音,高子音,低子音の3種類の文字群(それぞれ,平声,上声,高声を基本音調とする)に分類される。子音字母は,母音 /aʔ/ を伴って読まれる。接頭辞 /la-/ をつけて読む習慣がある字母は,パーリ語の反舌音に由来する字母で,パーリ語音の正確な読誦をめざした工夫だったと考えられる。
母音記号
母音は,子音字母の上下左右に配置される母音記号 (mái と呼ぶ)を用いて表記する。地域の方言差から個々の書き手の癖に至るまで発音の差異を反映した違いもあるが,表記の原則は一貫している。つぎは,一般に用いられる母音記号である。
声調表記
声調は6種類あり,次は,チェンマイ方言の声調表記の原則である。タム文字の声調表示は不完全であり,その原因は,タム文字テキストが一般に黙読用に書かれたものではなく,音読用に,それも多くの場合節回しをつけて誦されたことに関係があるといわれる。
数字
数字は,固有のものを用いる。北タイやチェントゥンではこれを「タム数字(lek tham)」と呼び,「占星術数字(kek hora)」と呼ばれるビルマ数字と同一の数字も計算などに用いた。シプソンパンナーでは,一般に「占星術数字」タイプを用いる。
テキスト
タム文字文例
Northern Thai written in Tai Tham script in Chiang Mai [Alifshinobi / CC BY-SA 3.0 / 出典] |
文字入力
ユニコード
タム文字のユニコードでの収録位置は U+1A20..U+1AAF である。脚文字は,子音字母に続けて U+1A60 (TAI THAM SIGN SAKOT),脚文字とする子音字母の順に入力することで得られる。なお,本項で用いたフォントには,私用領域 (Private Use Area, PUA): U+F000..U+F03F に脚文字が収録されている。
Free Font: Chiangsaen Alif
入力方法
特定の入力方法は存在しない。 多言語環境の設定 などを参考にする。(コンピュータの使用環境によっては Keyman Keyboard を使用することができるようである。)
注
- ^ 飯島明子 (2001)「タム文字」河野六郎, 千野栄一, 西田龍雄 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂, pp. 588-592.
関連リンク・参考文献
- ラーンナー文字 | Tai Tham script
- 中西コレクション(国立民族学博物館)タム・ラーンナー文字
- Omniglot: Lanna alphabet (Tua Mueang)
- 三保忠夫,1三保サト子 (1998)「タイにおける貝葉写本 Palm Leaf Manuscripts について」『島根大学教育学部紀要(人文⑧杜会科学)第32巻』URL
- 加藤久美子 (2002)「タム文字の世界」池田紘一, 今西祐一郎 編『文字をよむ』九州大学出版会.
- 飯島明子 (1998)「ラーンナーの歴史と文献に関するノート」新谷忠彦 編『黄金の四角地帯』東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所.
- Learn Tai Tham Lanna Consonants | ランナータイ舞踏劇