ハングル 한글 hankŭl 英 Korean nativescript

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ハングル (宮書体) |
名称の由来
ハングルの創制時には「訓民正音」と呼ばれ(同時に書名『訓民正音』も表わす),略して「正音」とも呼ばれたが,公式の文字である「漢文」(ハンムン)に対して通俗の文字を意味する「諺文」(オンムン)という名称も,早くから用いられた。1894 年の政治改革(甲午改革)にあたり,公用文に漢字と並んで用いることになって「漢文」(漢字)に対して「国文」(国字の意)という名称が用いられるようになり,国号は「大韓帝国」に改められた(1897)。日韓併合(1910)を迎えて「国文」が日本語を意味することから,再び「諺文」と呼ばれる事態となったが,これに代わる名称として考えられたのが「ハングル」「偉大な文字」(「大いなる文字」)である。
文字構成
『訓民正音』の原理に基づくと,基本字母は,子音 14,母音 10 の計 24 個からなる音素文字であるが,音節ごとに組み合わせて用いるので音節文字の性質をも備えている。音節の頭の子音のことを初声(しょせい),音節の核になる母音を中声(ちゅうせい),音節末の子音のことを終声(しゅうせい)という。音節の形式は〈〔初声〕+ 中声 +〔終声〕〉となる。それぞれの音を表わす文字を,初声字母,中声字母,終声字母と呼ぶ。朝鮮語は子音終わりも豊富な閉音節言語といってもよい。
子音字母
子音字母は,それらの発音のしかたにより,鼻音(ㅁ,ㄴ),流音(ㄹ),平音(ㅂ,ㄷ,ㅅ,ㅈ,ㄱ),激音(ㅍ,ㅌ,ㅊ,ㅋ,ㅎ),および,基本字母に含まれない濃音(ㅃ,ㄸ,ㅆ,ㅉ,ㄲ)を加え 5 種類,合計 19 個からなる。基本字母は原則として 1 字で 1 音を表すが,子音のうち,形の同じ字母 ㅇ は母音で始まる音節を示す記号 [ʼ] と音節末の子音 [ŋ] とを二重に表わす。

M・R:マッキューン‐ライッシャワー方式。現行ローマ字表記(1984~)の基礎をなす表記方式。旧文教:文教部で 1959~83 年の間実施していたローマ字表記の方式(2000 年 7 月改定の現行方式にほぼ一致)。
母音字母
基本母音字は,ㅏ,ㅑ,ㅓ,ㅕ,ㅗ,ㅛ,ㅜ,ㅠ,ㅡ,ㅣ の 10 個であるが,うち 4 個 ㅑ,ㅕ,ㅛ,ㅠ は初めに半母音 [j] をもつ母音である。現代語では基本字母を組み合わせて表す字母と,漢字音などに用いられる ㅢ を加えると,母音の数は 21 になる。

現在,ハングルの母音字母は「ㅗ,ㅛ」のように長い棒と短い棒とで書かれるが,この「訓民正音」ができた当初,短い棒は「棒」でなく「点(・)」で書かれた。上にあるように,母音字母は「ㆍ,ㅡ,ㅣ」の組み合わせなので,そのとおりに書いたのである。ここで言っている「点」とは,現在短い棒で書かれている「・」を指している。なお「正音」創制時は,字母・〈ɐ〉の表わす母音を含め,母音は 11 個であった。しかし,母音・は,現代では済州等以外では他の母音と合流して失われた。
単母音
前述の基本母音字 10 個から,半母音 [j] をもつ母音字 4 個を除き,新たに 2 個 ᅦ,ᅢを加えて,発音に基づき単母音 8 個と分類する視点がある。次の図は,単母音字 8 個を,口の開け方,舌の位置によって図(母音三角形)に表わしたものである。

半母音
[ja] や [wa] など,半母音 [j] [w] と母音の組み合せも,母音字母を基本に一画付け加えたり(加画の原則),母音字母どうしの組み合せで表わす。
単母音 |  : | /j/+単母音 | 単母音 | /w/+単母音 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
아 | [a] | → | 야 | [ja] | ᅩ+아 | [o] [a] | → | 와 | [wa] | |
어 | [ɔ] | → | 여 | [jɔ] | ᅩ+애 | [o] [ɛ] | → | 왜 | [wɛ] | |
오 | [o] | → | 요 | [jo] | ᅩ+이 | [o] [i] | → | 외 | [we] | |
우 | [u] | → | 유 | [ju] | ᅮ+어 | [u] [ɔ] | → | 워 | [wɔ] | |
에 | [e] | → | 예 | [je] | ᅮ+에 | [u] [e] | → | 웨 | [we] | |
애 | [ɛ] | → | 얘 | [jɛ] | ᅮ+이 | [u] [i] | → | 위 | [wi] |
末尾子音
末尾子音に用いられる字母は,初声に用いる子音字母のうち用例の無い硬音字母 3 種(bb,dd,jj)を除く 16 種と,基本形が二重子音で終わる語幹のための組合せ字母 11 種の計 27 種の字母が使用される。終声の字母は,初声と中声の組み合せの下に組み合わせるので,この位置の字母は「バッチム」(支え,台)といわれる。二重子音の場合は子音字母の前後どちらかを読む。
音価 | 終声字母(初声に用いる字母) | 複合終声字 | |
---|---|---|---|
前 | 後 | ||
口音 [-p] | ㅂ ㅍ | ㅄ | ㄼ |
口音 [-t] | ㄷ ㅈ ㅅ ㅌ ㅊ ㅆ ㅎ | ||
口音 [-k] | ㄱ ㅋ ㄲ | ㄳ | ㄺ |
鼻音 [-m] | ㅁ | ㄻ | |
鼻音 [-n] | ㄴ | ㄵ ㄶ | |
鼻音 [-ŋ] | ㅇ | ||
流音 [-l] | ㄹ | ㄼ ㄽ ㅀ ㄾ |
終声の初声化
산のように終声を持つ音節に,이 のように母音で始まる音節が結合すると,終声は後ろの母音の初声となって発音される。これを終声の初声化という。

字母の組合せ
字母は,音節ごとに組み合わせてはじめて,文字として機能する。音節は初声,中声,終声に分析して考えられ,まず,初声と中声に字母を組合せ,末尾子音がある場合にはさらにその下に終声の字母を組合せ,全体としてはほぼ正方形をなすよう構成する。ハングルの創制者たちは,この新しい文字が受け入れられるためには見た目が重要であることを自覚し,漢字・漢文というモデルからできるだけ逸脱しないようにしたのである。(フロリアン・クルマス)
音節文字の構成
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가 ga | 中声が「ㅏ,ㅑ,ㅓ,ㅕ,ㅣ,ㅐ,ㅒ,ㅔ,ㅖ」のときは、初声字母を左に,中声字母を右に配置する。 | |||
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고 go | 中声が「ㅗ,ㅛ,ㅜ,ㅠ,ㅡ」のときは,初声字母を上に,中声字母を下に配置する。 | |||
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과 gwa | 中声が「ㅘ,ㅙ,ㅚ,ㅝ,ㅞ,ㅟ,ㅢ」のときは,初声字母を左上に,中声字母を下から右にかけて配置する。 |
終声があるときは,これらの下に終声を置く。
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| ||||||||||||||
gan | gon | gwan |
音節の頭に子音がない音節の場合には,子音字母を書く位置に,子音がないことを示す「ㅇ」(イウン)という字母を書くことになっている。
初声 | 中声 | 終声 | ||||
ㅇ[子音ゼロを示す] | + | ᅡ [a] | → | 아 [a] | ||
ㅇ[子音ゼロを示す] | + | ᅡ [a] | + | ᆫ [n] | → | 안 [an] |
音節 kwŏn の文字の構成
ㄱ | + | ㅜ | = | 구 | + | ᅥ | = | 궈 | + | ᆫ | = | 권 |
k | + | ŭ | = | kŭ | + | o | = | kwŏ | + | n | = | kwŏn |

このように,初声(19),中声(21),終声(27)の字母を組み合わせて構成しうる文字の種類は,計 11,172 種類*にも達するが,特殊な外国語表記に必要なものは除いて,通常の言語表現に用いる文字は 2,800 から 3,000 種類ほどあれば足りるといわれている。なお,各字母の組み合せ方(合字)の詳細は『訓民正音』「合字解」で説明されている。[* 子音字母 19 × 母音字母 21 ×(バッチム 27 + バッチム無し 1)= 11,572]
ばらし書き
正書法の面白い試みとして,南北とも一時期「ばらし書き」(물어쓰기 プロッスギ)と呼ばれる表記法が試みられた時期があった。ハングルで [han] という音を表記するとき,「ㅎ」,「ᅡ」,「ㄴ」という 3 つの字母を 1 文字に合体させ「한」と書くのではなく,欧米のアルファベットのように横一列につづり「ㅎㅏㄴ」のように書く方式のことである。ばらし書きに合わせてローマ字のような活字を造ったり,あるいはローマ字のような筆記体を考案するなどのさまざまな試みがなされたが,このような試みは結局広く採用されることがなかった。趙義成(2009)「ハングルの誕生と変遷」『東洋文化研究』(学習院大学東洋文化研究所,11 号)

『訓民正音』ハングルの創制
ハングルの「創制」は 1443 年 12 月であったが,『訓民正音』の名で公布されたのは 1446 年 9 月のことであった。この間,集賢殿に集められた学者の中に,新文字創制に反対する者がいた。反対意見は,古来,漢字を基礎に漢文化を受け入れているのに文字を新たに創るのは中国文化からの逸脱であり,新羅以来の漢字による吏読(りとう)を用いれば固有語も書き表すことができ,学問の興隆に役立つのに対し,原理の異なる新文字では同様の期待ができず,学問振興の障害にもなりうる,などであった。
「訓民正音」のしくみとそれが作られた経緯に関して最も重要な資料となるのが『訓民正音解例』(1446)である。この本は 1940 年に慶尚北道安東の旧家で発見されたもので,その内容はおおきく「世宗御製序文(例義),解例,鄭麟趾序」という 3 つの部分に分けられる。「解例」はさらに「制字解,初声解,中声解,終声解,合字解・用字例」に分かれており,これらの五解と一例を合わせて「解例」と呼んでいる。
母音字・子音字ともに,最も基本的な字に,画を加えたり,あるいはそれらを組み合わせることによって,同じ系列の字で別の特徴が加わった字を作るというしくみは,音素よりも更に細かく,現代の音声学・音韻論で用いられる弁別素性に近い分析を行っていたともいえる。これは,子音字については中国で用いられた枠組みにすでに含まれているが,母音については,まさに独自の弁別素性的観察と分析が行われ,それに基づいて組み立てられているのである。(福井 2003)
『訓民正音』
次の影印は,文字制定の目的を述べる「御製序」と,各字母の紹介と簡単な運用方法を述べる「例義」とからなる本文である。以下,影印下に添えた数字は左が趙義成 訳註『訓民正音』巻末に添えられた影印の通し番号,右【】内は,『訓民正音 훈민정음 해례본』におけるページ数である。また,《日本語訓読文》と《日本語訓読文》は同じく趙義成による。
![]() 影印 訓民正音 1a 【1】 |
《日本語訓読文》国の語音,中国に異なり,文字と相い流通せず,故に愚民,言わんと欲する所有れども,終いに其の情を伸ぶるを得ざる者多し。予,此が為に○然たりて,新たに二十八字を制り,人々をして易く習い,日用に便ならしめんと欲するのみ。 《現代日本語文》わが朝鮮国の語音は中国とは違って漢字と互いに通じないので,漢字の読み書きができない民は,言いたいことがあっても,その意をのべることのできない者が多い。私・世宗はこれを憐れに思い,新たに二十八字を作った。人々が簡単に習い,日々用いるのに便利にさせたいだけである。 |
それまで中国においては,1 つの音節を声母(音節初頭子音)と韻母(介音,母音,声調)という 2 つの要素への分析しかしていなかったのに対して,「訓民正音」では初声,中声,終声という 3 つの要素の分析が行われた。例義は,初声・中声・終声,および,中国音韻学における声調である去声・上声・入声のについて言及している
『訓民正音』では,語音を表示するために漢字音を利用している。例えば「ㄱ」音を表わすために「君」の字が当てられている(影印 1a の最終行)。文字の配列は現代と異なる。それぞれの子音とそれを示す漢字は影印 (1b~2b)のとおりである。詳しくは,後述「初声」清音・濁音の項を参照。
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影印 2b 【4】 | 影印 2a 【3】 | 影印 1b 【2】 |
中声においても漢字を利用して音を示している(影印 3a, 3b)。用いられる漢字は初声の表示に用いられた漢字が流用されている。次は,中声を表わすハングルのアルファベットへの翻字を示すものである。
呑 | 即 | 浸 | 洪 | 覃 | 君 | 業 | 欲 | 穰 | 戍 | 彆 |
ㆍ ʌ | ㅡ ɯ | ㅣ i | ㅗ o | ㅏ a | ㅜ u | ㅓə | ㅛ yo | ㅑ ya | ㅠ yu | ㅕyə |
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影印 4a 【7】 | 影印 3b 【6】 | 影印 3a 【5】 |
高低アクセント
15 世紀朝鮮語にも高低アクセントのシステムが存在し,これを分析的に抽出した表記法を作り出した。「正音」はこのアクセントの区別を,文字の左側に点を打つことで形象化した。影印 4a の末尾に《凡(およ)そ字は必ず合して音を成す。左に一点を加ふれば則ち去声,二点すれば則ち上声,無きは則ち平声なり。入声の加点は同じくすれども促急なり。》とある。点は今日,傍点と呼ばれている。(野間)
「制字解」
『訓民正音』は朱子学の世界観で貫かれている。そして,『訓民正音』の解説書である『訓民正音解例』ではその冒頭に,この文字が朱子学的な世界観に根ざしたものであることを,まず宣言している。(影印 訓民正音解例 1a )
趙義成は,『訓民正音』を語るにはまずもって言語学的な視点が不可欠であるが,「訓民正音」の創制はいわば当時の知の集成であり,とりわけ『訓民正音』を貫く思想である朱子学はその脊髄といっても過言ではなく,朱子学の見地から『訓民正音』を語ることがなければ,『訓民正音』を語ったことにはならないと,著書(2010)のあとがきで述べている。
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影印 訓民正音解例 1b 【10】 | 影印 訓民正音解例 1a 【9】 |
《日本語訓読文》天地の道は,一に陰陽五行のみ。坤復の間は太極と為りて,動静の後に陰陽と為る。凡(およ)そ生類有りて天地の間に在る者は,陰陽を捨てて何(いづ)くにか之(ゆ)かん。故に人の声音,皆陰陽の理有れども,顧(た)だ人の察せざるのみ。今正音を之(こ)れ作るは,初めて智營して力索するに非ず,但だ其の声音に因りて其の理を極むるのみ。理の既に二ならざれば,則ち何ぞ天地鬼神と其の用を同じくせざるを得んや。
《現代日本語文》天地のことわりは,ただ陰陽五行のみである。坤と復の間は太極となり,動いたり留まったりした後に陰陽となる。天地の間の全ての生きとし生けるものは,陰陽を捨てたらどこへ行くのか。だから人の声にもみな陰陽の道理があるのだが,ただ人はそれを察していないだけである。今日,「訓民正音」を作ったのは,最初から知恵を出し力をふりしぼったのではなく,ただその声音に基づいてその道理を極めただけである。道理が二つとあるものではない以上,どうして天地の神々とその作用を同じくせずにいられようか。
陰陽とは,天地・男女・昼夜のように相対する二つの気のことであり,五行とは万物を作り出す木・水・火・土・金・水の五要素のことである。天地間の万物はこの陰陽と五行によって形作られるされる。陰陽・五行はともに固定的なものではなく,相対的で常に変わるものであるとされる。


初声字母
ここでは子音字母の創制原理が説明されている。ㄱㄴㅁㅅㅇの五つの基本字母については,「象形」,その他の字母については「加画」とうい原理を用いている。初声解原文と現代日本語文を次に引用する。
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影印 解例 2a 【11】 | 影印 解例 1b 【10】 |
《日本語訓読文》正音は二十八字,各々其の形を象(かたど)りて之を制(つく)る。初声は凡そ十七字なり。牙音 ㄱ は,舌根喉を閉すの形を象る。舌音 ㄴ は,舌上腭に附くの形を象る。唇音 ㅁ は,口形を象る。歯音 ㅅ は,歯形を象る。喉音 ㅇ は,喉形を象る。
《現代日本語文》訓民正音には 28 の字母があり,それぞれその形をかたどって作られた。初声は全部で 17 字母である。牙音 ㄱ は,舌の奥が喉を閉ざす形をかたどっている。舌音 ㄴ は,舌が上あごに付く形をかたどっている。唇音 ㅁ は,口の形をかたどっている。歯音 ㅅ は,歯の形をかたどっている。喉音 ㅇ は,喉の形をかたどっている。
「それぞれその形を象って作られた」つまり,牙音,舌音など 5 つの調音点にそれぞれ対応する基本子音字の形は,その発音に関係する発音器官を図形的に表現したものに基ずくとある。牙音の ㄱ [k] 即ち現在の音声学の軟口蓋音は,舌根が喉を閉じる形を象ったものであり,舌音の ㄴ [n] は舌が上顎に付く象ったものである。「正音」における「象形」とは,漢字造字法の根幹をなす「象形」とは違い,音声器官の形を「象形」とした。

子音字母の派生
残りの子音字母は,牙音,舌音,唇音,歯音,喉音という 5 つの分類ごとに,基本的に,さきの 5 つの字母「ㄱ,ㄴ,ㅁ,ㅅ,ㅇ」から派生させて作り上げる。原理は,画(多くの場合,横棒)を1つ書き加える形で別の字母を作り出すことにある。次の表は,五行説に基づいて,牙・舌・唇・歯・喉の各音と五行との関係を合わせて示す。五行説は,万物は木・火・土・金・水の 5 つの要素からなるという理論である。
時 | 五音 | 子音 | 方位 | 色 | 性質 | |
---|---|---|---|---|---|---|
木 | 春 | 舌根が喉を閉ざす形 | 牙音ㄱ → ㅋ | 東 | 青 | 曲直 |
火 | 夏 | 舌が上あごにつく形 | 舌音ㄴ→ㄷ→ㅌ | 南 | 赤 | 炎上 |
土 | 季夏 | 口の形 | 唇音ㅁ→ㅂ→ㅍ | 中央 | 黄 | 稼穡 |
金 | 秋 | 歯の形 | 歯音ㅅ→ㅈ→ㅊ | 西 | 白 | 従革 |
水 | 冬 | 喉の形 | 喉音ㅇ→ㆆ→ㅎ | 北 | 黒 | 潤下 |
訓民正音の子音字母
五音(七音)と清濁に従って子音を分類すると,次のとおりである。「清・濁」は中国音韻学における子音の区分法の一つである。大まかに言って,瀞音は現代言語学の無声音にあたり,濁音は有声音にあたる。
牙音 | 舌音 | 唇音 | 歯音 | 喉音 | 半舌音 | 半歯音 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
現代言語学の 相当述語 | 軟口蓋音 | 歯茎音 | 両唇音 | 歯茎 硬口蓋音 | 歯茎音 | 声門音 | 歯茎 硬口蓋音 | 歯茎音 |
全清 (平音) | 君 ㄱ [k/g] | 斗 ㄷ [t/d] | 彆 ㅂ [p/d] | 即 ㅈ [ʦ/ʣ] | 戌 ㅅ [s] | 挹 ㅎ [ʔ] | ||
次清 (激音) | 快 ㅋ [kʰ] | 呑 ㅌ [tʰ] | 漂 ㅍ [pʰ] | 浸 ㅊ [ʦʰ] | 虚 ㅎ [h] | |||
全濁 (濃音) | 虯 ㄲ [ˀk] | 覃 ㄸ [ˀt] | 歩 ㅃ [ˀp] | 慈 ㅉ [ˀʦ] | 邪 ㅆ [ˀs] | 洪 ㆅ [ˀh] | ||
不清不濁 (有声音) | 業 ㆁ [ŋ] | 那 ㄴ [m] | 弥 ㅁ m | 欲 ㅇ [ɦ] | 閭 ㄹ [ɽ/l] | 穣 ㅿ [z] |
五行説
自然現象の四季変化を観察し抽象化された,自然現象,政治体制,占い,医療など様々な分野の背景となる性質,周期,相互作用などを説明する 5 つの概念である。単に 5 種の基本要素(エレメント)というだけでなく、変化の中における 5 種の,状態,運動,過程という捉え方もされる。(Wikipedia 五行思想)
中声字母
中声字母は,単母音を表わす字母 7 種と,半母音 [j] を伴った単母音を表わす字母 4 種の計 11 種があるが,それらの字母はすべて「ㆍㅡㅣ」の 3 種の字形が元となって作られている。天地人の 3 つに基礎を置いているのは,母音も子音と同じく儒学の理論によっているからである。次に影印と現代日本語文を示す。
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影印 解例 5a 【17】 | 影印 解例 4b 【16】 |
《現代日本語文》中声は全部で 11 字母である。ㆍ は舌が縮まって声が深く,天が子(ね)から開けたということである。形が丸いのは,天をかたどっているからである。ㅡ は舌がやや縮まって声は深くもなく浅くもなく,地が丑から開けたということである。形が平らなのは,地をかたどっているからである。ㅣ は舌が縮まらずに声が浅く,人が寅から生まれたということである。形が立っているのは,人をかたどっているからである。(影印 解例 4b 5行~5a 2 行目まで)
母音の分析が非常に優れているのは,母音の分析を行ってみると,結局,舌根の動きにかかわる特徴「縮・少縮・不縮」,「蹙」(丸唇性),「張」(口の開き)という特徴という 3 つの要素,そのプラスマイナスの組み合わせて記述できることにある。音声の分類や観察では,もともと中国で行われていた音韻学んい影響を受けていた部分が少なくないのだが,母音に関しては全くそういうことがなくで,独自の観察としてなされたものだと言える。(福井玲 2008)
母音字 | ㆍ | ㅡ | ㅣ |
---|---|---|---|
舌 | 縮 | 少縮 | 不縮 |
声 | 深 | 不深不浅 | 浅 |
母音字母の生成
「ㆍ」「ㅡ」「ㅣ」3 つの字母を組み合わせて,残りの母音字母が造られた。次に原文と現代日本語文をあげる。
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影印 解例 6b 【20】 | 影印 解例 6a 【19】 | 影印 解例 5b 【18】 |
《現代日本語文》ㅗㅏㅜㅓは天や地で始まっているので,初めに出てきたものである。ㅛㅑㅠㅕはㅣ([i] の音)から始まっていて人を兼ね備えているので,2 番めに出てきたものである。ㅗㅏㅜㅓの点(・)が 1 つなのは,それが初めに生まれたということを意味している。ㅛㅑㅠㅕの点が 2 つなのは,それが再び生まれたということを意味している。(影印 解例 5b)
例えば,天ㆍの左に人ᅵを配すればᅡとなる,といった具合に点と線を組み合せることで,短母音字 7 個と,半母音を組み合せた母音字母 4 個,都合 11 字母ができあがる。
陽母音と陰母音(影印 解例 6a)
《現代日本語文》ㅗㅏㅛㅑの点が上や外側にあるのは,それが天から出て陽であるということを表す。ㅜㅓㅠㅕの点が下や内側にあるのは,それが地から出て陰であるということを表す。ㆍが 8 つの母音(ㅗㅏㅛㅑㅜㅓㅠㅕ)全てに含まれているのは,あたかも陽が陰を統括して万物にあまねく流れているかのようなものである。ㅛㅑㅠㅕがどれも人(ㅣ)を兼ね備えているのは,人が万物の霊長で陰・陽ともにくみすることができることを表す。
これは,朝鮮語の母音に陽母音と陰母音の 2 つの系列があることを言っている。中期朝鮮語には母音調和が比較的はっきりと残っており,陽母音グループ(ㆍ,ㅏ,ㅗ)と陰母音グループ(ㅡ,ㅓ,ㅜ)そしてどちらにも属さない中性母音ㅣの 3 グループがあった。
ㅗとㅜは「口蹙」(口がすぼまる)という条件の下に,ㅏとㅓは「口張」(口が開いている)という条件の下に陽と陰の対立が生じる。母音調和の現象は時とともに崩壊し,現代語では部分的に名残を留めているにすぎない。
陰陽 | 象形 | 基本字 | 初出 | 再出 |
---|---|---|---|---|
陽性 | 天 | ㆍ ʌ | ㅏ a ㅗ o | ᅣya ㅛ yo |
陰性 | 地 | ㅡ ɯ | ㅓ ə ㅜ u | ᅧ yə ᅲ yu |
中性 | 人 | ㅣ i |
「三才」 天・地・人
母音字については子音字の場合とはことなり,もっとも基本的な 3 つ「ㆍ,ㅡ,ㅣ」はそれぞれ「天,地,人」という所謂「三才」を象形したものであって,これらの母音が発音される際の音声器官をかたどったものではない。
《現代日本語文》形を天地人からとって三才の道理が備わっている。しかしながら,三才は万物に先んじているが天はさらにその三才の始めであり,あたかもㆍㅡㅣの 3 字母は 8 つの声の頭目だがㆍがさらにその 3 字母の頂点にあることと同じである。(影印 6a 最終行~6b 2 行目)

「陰陽五行」― 初声・中声・終声
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影印 解例 8b 【24】 | 影印 解例 8a 【23】 |
《日本語訓読文》初中終之の字を合成するを以て之を言はば,亦た動静互ひに根づきて陰陽交々変わるの義有り。動は天なり。静は地なり。動静を兼ぬるは人なり。蓋し五行天に在らば則ち神の運なり,地に在らば則ち質の成なり,人に在らば則ち仁礼信義智は神の運なり,肝心脾肺腎は質の成なり。初声は発動の義有り,天の事なり。終声は止定の義有り,地の事なり。中声初を承けて之(こ)れ生じ,終に接して之れ成り,人の事なり。蓋し字韻の要は中声に在り,初終合ひて音を成さん。亦た猶ほ天地の万物を生成して其の財成輔相は則ち必ず人を頼るがごときなり。
動と静が互いに根付いて陰陽が交わりあう。動は天であり,静は地である。動と静とを兼ねるのは人である。初声には生じて動く意味があるので,天の事がらである。終声には止まり定まる意味があるので,地の事がらである。中声には初声を受けて生まれ,終声に接してできあがるので,人の事がらである。
終声字母
終声のためだけに別に字母が作られることはなく,初声字母がそのまま運用された。「終声解」では,終声字の用い方について,具体的な例を挙げながら記述がなされている。
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影印 解例 9a 【25】 | 影印 解例 8b 【24】 |
《現代日本語文》終声字を別途に作らず初声を再利用するわけは,動いて陽であるのも乾,静かで陰であるのもまた乾であるが,乾が実のところ陰と陽に分かれても,君主・宰相としてふるまわないことがないからである。一元の気はあまねく流れて終わりがなく,四季の移り変わりは循環して終わりがない,だから貞の後にはまた元が巡り,冬の後にはまた春が巡ってくるのである。初声が終声となり,終声がまた初声となるのも,またこの意味である。
「制字解」はつぎの文言で締めくくられている。
吁。正音作而天地萬物之理咸備,其神矣哉。是殆天啓聖心而假手焉者乎。
ああ。正音が作られたが天地万物のことわりがことごとく備わっていて,何とも神々しいことよ。これはきっと天が聖人を呼び覚まして手を貸してくれたのだろう。
『訓民正音』では各章の末尾に「訣」と称して,本文の内容を七言詩の形式に要約している。同箇所は次のように記されている。
正音之字只廿八 正音の字は只だ廿八, 探賾錯綜窮深幾 探賾(さく)し錯綜して深幾を窮む。 指遠言近牗民易 指は遠く言は近く民を牗(みちび)くこと易し, 天授何曾智巧為 天授は何ぞ曾て智巧して為らん。
正音の字は 28 字だけだが,奥深い道理を探り,入り交え集めて奥深いしくみを極めた。 意向は遠く言葉は近くて民を導くのに容易であるが,天の授かりものはどうして智恵や技巧でできようか。
創制当時の「訓民正音」と現在のハングル
『訓民正音』創制当時に使われた字母のうちで,現在は使われないものがいくつかある。子音字では ㅇ [ŋ],ㅿ [z],ㅸ [ß],ㆄ [w],ㆆ [ʔ] といった文字が使われなくなり,母音字では ㆍ [ʌ] と,それを伴う二重母音が使われなくなった。その理由としては,当時存在したそれらの音が音韻変化によって消滅したり,他の音と合流して,独自の音素として存在しなくなった場合と,正書法のしくみが変わった場合とがある。また,現代語の所謂濃音(硬音)をもつ語の多くは,当時は,ㅺ [sg],ㅼ [sd],ㅽ [sb],ㅳ [bd],ㅶ [bs],ㅷ [bt],ㆅ [hh],ㅴ [bsg],ㅵ [bsd] のような 2 つないし 3 つの子音の組み合わせであったという点も異なる。これは発音の変化を反映したものである。(福井玲 2003)
「合字解」
ここでは,個々の子音字母・母音字母・末尾子音字母の組み合わせ「合用」について解説する。前述「字母の組み合わせ」では単純な例を挙げたが,実際には,子音を 2 つ 3 つ重ねたり,母音を 2 つ 3 つ重ねたり,ということがでてくる。異なる字母を並べて書くことを「合用並書」,同一字母を並べて書くことを「各自並書」と呼ぶ。
合用並書は,それぞれ 3 つまで許されるので,一つの音節が最大 CCCVVVCCC となる。「合字解」に見られる最も複雑な中声のひとつは ᆅ で,字母の組み合せは,
「用字例」
「用字例」は,初声字,中声字,終声字それぞれについて具体的な文字の使用例を掲げた章である。ここに揚げられた例はすべて朝鮮の固有語である。
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影印 解例 25a 【57】 | 影印 解例 24b 【56】 |
《現代日本語文》初声 ㄱ の例,:감「柿」,·「葦(あし)」。ㅋの例,우·케「干し稲」,「大豆」。ㅇの例,러·「かわうそ」,서·「流水」。ㄷの例,·뒤「茅(かや)」,·담「塀」。ㅌの例,고·티「繭」,두텁「ひきがえる」。ㄴの例,노로「ノロジカ」,납「猿」。ㅂの例,「腕」,:벌「蜂」。ㅍの例,·파「ねぎ」,·「はえ」。ㅁの例,:뫼「山」,·마「山芋」。ㅸの例,사·「えび」,드·「ひさご」。ㅈの例,·자「尺」,죠·「紙」。ㅊの例,·체「篩(ふるい)」,·채「むち」。ㅅの例,·손「手」,:셤「島」。ㅎの例,·부「みみずく」,·힘「筋」。ㅇの例,·비육「ひよこ」,·얌「蛇」。ㄹの例,·무뤼「雹(ひょう)」,어·름「氷」。ㅿの例,아「弟」,:너「野がん」。
上掲テキストを正しく表示するためには,古ハングルフォント New Gulim(새굴림)などが必要。入手方法は次項参照。フォントが不要の場合は,こちら(161 KB)を参照。
「鄭麟趾序」
『訓民正音』の末尾には鄭麟趾(ていりんし)の序文(跋文)が収められ,新文字をめぐって議論があったことを反映してか,創制の意義と文字の易しさ柔軟さを説いて優秀性を強調する。王命により集賢殿の学者鄭麟趾の他に,崔恒,朴彭年,申叔舟,成三問,姜希顔,李塏,李善老らが「解例」の制作にあたった旨の記述がある。
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影印 解例 27b 【63】 | 影印 解例 28a 【62】 |
《現代日本語文》癸亥年(世宗25年,1443年)の冬,わが国王殿下は正音28字をお作りになり,おおまかに例と意味を掲げてこれをお示しになり,訓民正音と名づけられた。(発音の)形をかたどって字は古篆をまね,声に基づいて音階にも合っている。(天地人の)三極の意味も(陰陽の)二気の妙も,含まれないところがない。28字をもってすれば自在に変化して極まりがなく,簡潔にして要領を得ており,精密にしてすみずみまでゆきわたっている。だから,知恵ある者は午前中に会得し,愚かな者でも10日(浹旬〈せふじゅん〉)で学ぶことができる。これを用いて書を読めば,その中味を知ることができる。これを用いて訴えを聞けば,その心を知ることができる。中国語の字韻は清音と濁音が区別でき,音楽は旋律がきれいに調和する。用いて不備なところはなく,行って到達しないところはない。風の音,鶴の声,鶏の声,犬の鳴き声でも,みな書き取ることができるのである。
ハングル・フォント
ハングルの書体
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パタン体(바탕체、Batang)明朝体。「パタン」は「基礎」という意味。 |
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トドゥム体(돋움체、Dotum)角ゴシック体。「トドゥム」は「目立つように上げる」という意味。 |
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クリム体(굴림체、Gulim)丸ゴシック体。「クリム」は「丸く削る」という意味。 |
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宮書体(궁서체 、Gungsuh) 主に宮中の女性が使ったのでこの名がある。宮体(궁체)ともいう。毛筆で書いた柔らかい線が特徴。 |
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Google Noto Fonts コレクションのハングルフォント。Noto Serif CJK KRとNoto Sans CJK KR 体があり,それぞれ 7 種類 Thin, Light, DemiLight, Regular, Medium, Bold, Black のウエイトが用意されている。Google Noto Fonts |
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New Batang / New Gulim 上掲ユニコードフォントに収録される文字に加え,Unicodeの「私用領域」の一部に,古語(U+E0BC-F66E),漢文を読む際に使われる表記体系である口訣(U+F67E-F77C),およびハングル字母(U+F785-F8F7)が割当てられている。 〔New Gulim〕 の入手方法は,국립국어원(国立国語院)トップページ下部のメニュー,무료 배포 프로그램(無料配布プログラム)に進み,옛 한글 글꼴 (옛 한글 및 확장 한자)(古ハングルフォント)項目の「내려받기」(ダウンロード)をクリックしてohfonts.zipをダウンロードする。 〔New Batang〕は, 여주군사(驪州郡史)トップページ最上段もしくは最下段の「도움말」(ヘルプ)をクリックし,ページ一番下の「유니코드 지원 폰트 다운받기」(ユニコードサポートフォントダウンロード)をクリックして Zip ファイルをダウンロードする。 |
関連サイト
- ハングルの書体
- ハングルフォントKorean
- コンピュータと朝鮮語のための覚書 古ハングルフォント
サンプルテキスト
世界人権宣言 Hankuko (Korean)
제 1 조
모든 인간은 태어날 때부터 자유로우며 그 존엄과 권리에 있어 동등하다. 인간은 천부적으로 이성과 양심을 부여받았으며 서로 형제애의 정신으로 행동하여야 한다.
제 2 조
모든 사람은 인종, 피부색, 성, 언어, 종교, 정치적 또는 기타의 견해, 민족적 또는 사회적 출신, 재산, 출생 또는 기타의 신분과 같은 어떠한 종류의 차별이 없이, 이 선언에 규정된 모든 권리와 자유를 향유할 자격이 있다 . 더 나아가 개인이 속한 국가 또는 영토가 독립국 , 신탁통치지역 , 비자치지역이거나 또는 주권에 대한 여타의 제약을 받느냐에 관계없이 , 그 국가 또는 영토의 정치적, 법적 또는 국제적 지위에 근거하여 차별이 있어서는 아니된다 .
ユニコード
ユニコードには,ハングルを符号化するために,ハングル字母 Hangul Jamo (U+1100..11FF)と,11,172 文字全部を表現できる組合型音節文字(完成型方式) Hangul Syllables(U+AC00..D7A3)がある。Hangul Jamo は,初声字母(U+1100..115F),中声字母(U+1160..11A2),終声字母(U+11A8..11F9)が定義されており,これらを合成することによりハングル音節文字を表わす。次の表は Hangul Jamo で定義されている字母を Batang フォントで表わしたものである。

ハングル入力キーボード
ハングル用キーボードを設定すると,タスクバーには韓国語を表す「KO」が表示される。仮想キーボードおよび入力方法については 多言語環境の設定 を参照。

関連リンク・参考文献
ハングル | 陰陽五行思想 | 陰陽 | 五行思想 | 訓民正音
- ハングル文字 中西コレクションデータベース -世界の文字資料- (国立民族学博物館)
- 『訓民正音 훈민정음 해례본』 Digital Hangeul Museum
- 姜信沆(1993)『ハングルの成立と歴史』(大修館書店)/li>
- 金裕鴻(2000)『ハングル入門』(講談社)
注
- 大江孝男(2001)「ハングル」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- Ross King,池田巧・江村裕文訳「朝鮮の文字」,Peter T.Daniels, William Bright [編] ; 矢島文夫 総監訳 (2013)『世界の文字大事典』(朝倉書店)
- 趙義成 『訓民正音 解例』原文と解釈 東京外国語大学大学院 総合国際学研究院 趙義成研究室
- 趙義成 訳註(2010)『訓民正音』(東洋文庫 800,平凡社)
- 野間秀樹(2010)『ハングルの誕生』(平凡社)
- 野間秀樹, 金珍娥(2007)『韓国語』(ニューエクスプレス,白水社)
- 福井玲(2003)「訓民正音をめぐる 7 つの問答」『文化資源学』(2)
- 福井玲(2008)「訓民正音の文字論的性格」『東京大学コリア・コロキュアム講演記録」』
- フロリアン・クルマス 著 ; 斎藤伸治 訳(2014)『文字の言語学』(大修館書店)
付録
反切表 반절표
ハングル創制以降,反切(はんせつ)表はハングル字母の結合方式を簡単に易しく学ぶために用いられた。バッチム字が一番右側の行に示され,続いて「가」行から「하」行まで縦書きで右から左へと配列されている。この表が必要とされた根本的な要因は,ハングルによる表記が「ばらし書き」方式を採用せず,音節単位の「束ね書き」方式を採用したためである。この表と,バッチム法を学べば,音節単位の「束ね書き」方式も容易に習得できることになる。
反切表も時代とともに少しずつ変化していく。初期の表ではバッチムとして 8 個「ㄱ,ㄴ,ㄷ,ㄹ,ㅁ,ㅂ,ㅅ,ㅇ」を右側 1 行目に挙げているが,その後,ウエイバッチム「ㅣ」を加えた 9 個が示される。次の表は「坊刻本反切」(19 世紀中葉)である。出典:宋喆儀「反切表の変遷と伝統時代のハングル教育」洪鍾善 ほか 著 ; 矢島暁子 訳『 世界の中のハングル』(三省堂, 2016)

現在の正書法ではバッチムに多くの字母を認めているため,教科書等に用いられる反切表にはバッチムは示されず次のようになっている。野間(2007)を基に作成した。
ㅏ [a] | ㅑ [ja] | ㅓ [ɔ] | ㅕ [jɔ] | ㅗ [o] | ㅛ [jo] | ㅜ [u] | ㅠ [ju] | ㅡ [ɯ] | ㅣ [i] | |
ㄱ [k] | 가 | 갸 | 거 | 겨 | 고 | 교 | 구 | 규 | 그 | 기 |
ᄁ [ʼk] | 까 | 꺄 | 꺼 | 껴 | 꼬 | 꾜 | 꾸 | 뀨 | 끄 | 끼 |
ㄴ [n] | 나 | 냐 | 너 | 녀 | 노 | 뇨 | 누 | 뉴 | 느 | 니 |
ㄷ [t] | 다 | 댜 | 더 | 뎌 | 도 | 됴 | 두 | 듀 | 드 | 디 |
ᄄ [ʼt] | 따 | 땨 | 떠 | 뗘 | 또 | 뚀 | 뚜 | 뜌 | 뜨 | 띠 |
ㄹ [r] | 라 | 랴 | 러 | 려 | 로 | 료 | 루 | 류 | 르 | 리 |
ㅁ [m] | 마 | 먀 | 머 | 며 | 모 | 묘 | 무 | 뮤 | 므 | 미 |
ㅂ [p] | 바 | 뱌 | 버 | 벼 | 보 | 뵤 | 부 | 뷰 | 브 | 비 |
ㅂ [ʼp] | 빠 | 뺘 | 뻐 | 뼈 | 뽀 | 뾰 | 뿌 | 쀼 | 쁘 | 삐 |
ㅅ [s] | 사 | 샤 | 서 | 셔 | 소 | 쇼 | 수 | 슈 | 스 | 시 |
ᄊ [ʼs] | 싸 | 쌰 | 써 | 쎠 | 쏘 | 쑈 | 쑤 | 쓔 | 쓰 | 씨 |
ㅇ [ø] | 아 | 야 | 어 | 여 | 오 | 요 | 우 | 유 | 으 | 이 |
ㅈ [ʧ] | 자 | 쟈 | 저 | 져 | 조 | 죠 | 주 | 쥬 | 즈 | 지 |
ᄍ [ʼʧ] | 짜 | 쨔 | 쩌 | 쪄 | 쪼 | 쬬 | 쭈 | 쮸 | 쯔 | 찌 |
ㅊ [ʧʻ] | 차 | 챠 | 처 | 쳐 | 초 | 쵸 | 추 | 츄 | 츠 | 치 |
ㅋ [kʻ] | 카 | 캬 | 커 | 켜 | 코 | 쿄 | 쿠 | 큐 | 크 | 키 |
ㅌ [tʻ] | 타 | 탸 | 터 | 텨 | 토 | 툐 | 투 | 튜 | 트 | 티 |
ㅍ [pʻ] | 파 | 퍄 | 퍼 | 펴 | 포 | 표 | 푸 | 퓨 | 프 | 피 |
ㅎ [h] | 하 | 햐 | 허 | 혀 | 호 | 효 | 후 | 휴 | 흐 | 히 |
⃞のうち,ㄱ,ㄷ,ㅂ,ㅅ,ㅈ は平音,ㄹ 音は流音,ㄴ,ㅁ は鼻音。 でマークした文字は濃音, でマークした文字は激音。
ハングル文献
以下に挙げる各ハングル文献は,『訓民正音』が公布(世宗 28,1446)された直後に刊行された揺籃期の文献である。(野間)なお,詳細な解題は15 世紀のハングル文献解題を参照。
『訓民正音』「諺解本」(훈민정음 언해본)1447年
諺解(げんかい)とは、漢文を朝鮮語に訳した形式でハングルを用いて書き表すこと。漢文で書かれた『訓民正音』解例本を,〈正音〉で諺解の形にした最初の書物が『訓民正音』諺解本である。「國之語音」といった漢文を,音読みするのではなく,固有語で描きだしたものであり,単語のレベルではない,文や文章として書かれた朝鮮語を形成してゆく様式の嚆矢となるものである。(野間)(右図は前掲「影印 訓民正音 1a)『月印釋譜』(後出)の巻頭に収められているのが現存する原刊行本である。ここには,中国語の歯音を記録する時に使用する歯頭音字(ᅎᅔᅏᄼᄽ)と正歯音字(ᅐᅕᅑᄾᄿ)の規定が追加されている。


『龍飛御天歌』(용비어천가)1447 年(世宗 29)
『龍飛御天歌』(りゅうひぎょてんか)はハングル創制後の最初の文献(全 10 巻 5 冊)。朝鮮王朝の建国を称える叙事歌である。この書が諺解と異なるのは,漢文の翻訳ではなく,どこまでも朝鮮語を主とし,漢文による訳文と註を付したものだという点である。朝鮮語を主とし,大中華の漢文を従とするものである。(野間)

全 125 章の第一は次のように始まる。海東の六龍,天翔り給ひ,ことごとに天の福あり,古の聖人またかくのごとくあり第二章は,漢字を 1 字も使わない「正音」のみの歌である
ね ふかき きは,かぜに あゆく こと なく,はな うるはしく,み ゆたけし。いずみ ふかき みづは,まひてりにも,たゆる こと なく,かはとなりで,うみへとそそく。
『釋譜詳節』(석보상절)1447 年(世宗 29)
『釋譜詳節』(しゃくふしょうせつ)『訓民正音』が頒布去れた年,1446 年,世宗の后である昭憲王后が逝去した。その冥福を祈るために,世宗は『釋譜詳節』全 24 巻を編ませ,1447 年に刊行した。第二王子である首陽大君が,漢文で釈迦の一代記を書き,それを朝鮮語に翻訳したとされる。原文の漢文は残っていない。活字本(甲寅字,銅鑄字)

《仏이為三界之尊샤》仏はほとけである。為はなることである。三界は欲界・色界・無色界である。之は口訣である。界は高貴なお方という意味である。〈仏が三界の尊とおなりになり,〉《弘渡群生ㅎᆞ시ㄴᆞ니》……「衆生を広く済渡なされたので,」

月印千江之曲 第一
仏が百億の世界に化身となって教化なさることは,月が千の川を照らして映えることと同じである。
釈譜詳節 第一
其一
巍々(高くて大きいこと)とした釈迦仏の無量無辺の功徳は,幾多の劫が過ぎても,言葉で語り尽くすことはできないでしょう。
其ニ
世尊のことをお話申し上げますと,万里外のことではありますが,目に見えるように感じます。世尊の言葉をお話申し上げますと,千載上の言葉ではありますが,耳に聞こえるように感じます。
『月印千江之曲』(월인천강지곡)1447 年(世宗 29)
『月印千江之曲』(げついんせんこうのきょく)(前掲)首陽大君が作った『釋譜詳節』を読み,世宗は釈迦の功德を称えた歌を作った。これが『月印千江之曲』である。「正音」で書かれた韻文である(580 余曲,全 3 巻)。漢字語をハングルで書き,ハングル 1 文字につき 1 文字の漢字をやや小さめに付している。

『東國正韻』(동국정운)1448 年(世宗 30)
『東國正韻』(とうごくせいいん)漢字音(漢字の音読みにあたる)の乱れを正そうとする世宗の命令で申叔舟,成三問,崔恒等が編纂した韻書。韻書とは,漢字を,その発音に韻によって分類した,音引きの字書の一種。『訓民正音』が木版本であるが,『東國正韻』は活字印刷である。(野間)


『洪武正韻譯訓」(홍무정운역훈)1455 年(端宗 3)
『洪武正韻」(こうぶせいいん)は明の太祖が中国の字音の基準として編纂させた韻書で,『洪武正韻譯訓」はこれを翻訳して中国の標準時音を訓民正音で表記して示したものである。


『月印釋譜』(월인석보)1459 年(世祖 5)
『月印釋譜』(げついんしゃくふ)『月印釈譜』は、『月印千江之曲』を本文にし,『釈譜詳節』を註釈にしたもの。内容は『月印千江之曲』其1から其29まで載っており、本の頭に「訓民正音」、その次に「釈譜詳節序」と「月印釈譜序」がある。
