パンジャーブ語の文字 Script for Panjabi

パンジャーブ語は,インド・アーリア諸語の 1 つで,その名の示すとおり,インドとパキスタンにまたがるパンジャーブ地方(Punjab,「五つの川」の意)の民衆が話す言葉である。[言語地図]パンジャーブ地方は,イスラーム教徒の諸王が西方からインドに侵入する際の通過点で,長らくイスラームの影響をうけてきたし,イスラーム教徒に改宗した人間も多かった。ムガル帝国が衰退した後に,スイク教徒が王国を作ったが,そこでも公用語はムガル朝と同様にペルシア語だった。そうしたこともアラビア文字の受容に関与したといえる。
パンジャーブ地方は 1947 年にインドとパキスタンが分離独立したときに分割され,ヒンドゥー教徒とスイク教徒の多くは,インドに移住した。一方イスラーム教徒の多くはパキスタン側に移住し,現在にいたっている。文字表記は,パンジャーブ語は,インド系文字とアラビア系文字という系統の異なった文字体系で表記されるのが普通で,それぞれグルムキー文字とシャームキー文字と呼ばれる。 [1]
グルムキー文字 Gurmukhī
インドでは,パンジャーブ語は,憲法に記載された 16 の主要言語の1つであり,パンジャーブ州の公用語でもある。通常,グルムキー文字をもって書かれるが,年配のヒンドゥー教徒の中には,ヒンディー語と同じくデーヴァナーガリー文字(Devanāgarī)で表記する者もいる。
グルムキー文字は,16 世紀に,シク(Sikh)教の 2 代目の教祖,グル・アンガド(Gur Aṅgad,在位1538~52)が発明した文字といわれ,グルムキーとは,「グルの口から出た」という意味である。インド系文字の1つで,グプタ文字(Gupta)に連なるシッダマートリカー文字(Siddhamātṛkā)の西部派から成立した,シャーラダー(Śāradā)文字の系統に属す。シャーラダー文字の成立は 8 世紀頃とされ,インド西北部のカシュミールを中心に,パンジャーブや,西インド,北インドにかけて普及した。この文字からさらに,ランダー(Laṇḍā)文字,タークリー(Ṭākrī)文字などの諸種の文字が成立したが,シャーラダー文字の草書体といえるこのランダー文字とタークリー文字が,グルムキー文字と最も深い関わりをもつ。 [2]
ランダー文字にしろ,タークリー文字にしろ,母音の表記はきわめて不完全で,語中の短母音がよく省略されたり,語中の長母音がよく語頭で使われたりした。こうした不便を解消するために,2代目の教祖グル・アンガドが,デーヴァナーガリー文字の母音記号等を参考にしながら改良して作ったとされるのが,このグルムキー文字である。しかし,アンガドが発明したという説には異論があり,アンガドは,その文字をグルムキーと命名し,シク教の経典に使用することを奨励した,との説もある。「パンジャーブ語=グルムキー=シクの言葉」というふうに単純化して見られることもあるが,これが政争の具に利用されると危険であることは,1980 年代に起きたパンジャーブ州の宗教対立が示している。 [3]
文字構成
表音文字で,他のインド系諸文字と同様,音節文字である。3つの母音基本文字と,32の子音基本文字からなる。
母音字と母音記号

子音字と声調記号

*を付けた5文字は,パンジャーブ語特有の声調を表す。環境によって2種類の声調を表す。すなわち,語頭にくるときは「無声無気音+降昇」であり,語末にくる場合は「昇降+有声無気音」であり,語中にくる場合は「昇降+有声無気音」の場合と,「有声無気音+降昇」の場合がある。
子音+母音

テキスト

「友よ,つむいでつむいで疲れはてました。
〔綿〕籠が落ちて後ろに転がったままです。
すいた木綿がその手の中に残りました。
前に糸車,後ろに腰掛。
私の手の中でより糸が切れました。」
出典:Gill (1992) [4]
文字入力
ユニコード
グルムキー文字のユニコードでの収録位置は U+A840..U+A87F である。

Free Font: Raabi(Windows 搭載),Noto Sans Gurmukhi
文字表示テスト
正しい表示 | お使いのコンピュータでは |
![]() | ਗੁਰਮੁਖੀ |
入力方法
パンジャーブ語用キーボードを設定すると,タスクバーにはISO言語コードISO 639-1の言語コードでパンジャーブ語を表す「PA」が表示される。【参考】 多言語環境の設定シャームキー文字 Shahmukhi alphabet
パキスタンのパンジャーブ州では,六年級になるまでパンジャーブ語は教科に含まれていない。初等教育では英語やウルドゥー語を学び,六年級からはじめて選択科目として,パンジャーブ語を学習できるというのが現状である。パキスタンにおけるパンジャーブ語の話者は,同国の最大のスピーチ・コミュニティーとなっているが,パキスタン憲法には,パンジャーブ語の地位については明記されておらず,パンジャーブ語はパンジャーブ州の公用語ですらなく,国語のウルドゥー語が同州の公用語である。文字はシャームキー文字と呼ばれ,書体もウルドゥー文字と同じくナスターリーク書体が使われている。パンジャーブ語話者はシャームキー文字よりもウルドゥー文字を先に学ぶのが普通なので,シャームキー文字で書かれた文章を容易には読めない人が多く見受けられる。萩田博(2004)
文字構成

出典:Singh (2005) [5]
テキスト

出典:Singh (2005)世界人権宣言(パンジャーブ語), Free Font: Nafees Nastaleeq
文字入力
ユニコード
シャームキー文字のユニコードでの収録位置は U+A840..U+A87F である。

文字表示テスト
本項で用いた Nastaleeq 体フォントや Noto Nastaliq Urdu がインストールされていれば,表右下セルにシャームキー文字が表示される。なお,コンピュータに搭載されているアラビア文字フォントは,ナスヒー(Naskh)体が多いようである。
正しい表示 | お使いのコンピュータでは |
![]() | شاہمکھی |
入力方法

入力方法
参考までに,ウルドゥー語用キーボードの例を挙げる。ウルドゥー語用キーボードを設定すると,タスクバーにはISO言語コードISO 639-1 の言語コードでウルドゥー語を表す「UR」が表示される。【参考】 多言語環境の設定入力例

関連リンク・参考文献
グルムキー文字 | Shahmukhī alphabet
- 中西コレクショングルムキー文字
- Omniglot: Punjabi
- Ethnologue: Languages of the World: Panjabi, Western | Panjabi, Eastern
Science of Gurmukhi Alphabet | Let's Learn Punjabi Animation
- 岡口典雄著(1988)『エクスプレス パンジャービー語』(白水社)
- 萩田博(2002)『基礎パンジャービー語読本』(大学書林)
- 溝上富雄編(1988)『パンジャーブ語基礎1500語』(大学書林)
- 岡口典雄 萩田博(2009)『文字と発音』(平成21年度語学研修パンジャービー語研修テキスト1,東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
(1.02 MB)
注
- ^ 萩田博(2004)「パンジャービー語の概要」町田和彦, 黒岩高, 菅原純共編『周縁アラビア文字文化の世界 : 規範と拡張』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
- ^ グルムキー文字・ランダー文字・タークリー文字・シャーラダー文字対照表 Grierson's Linguistic Survey of India, vol. 90-1, p. 625
(40.24 KB)
- ^ 溝上富夫(2001)「グルムキー文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ^ Gill, Harjeet Singh (1996) Grumukhi Writing. In: Daniels, Petre T. and William Bright (ed.) The world's writing systems (Oxford) 邦訳:家本太郎・内田紀彦(2013)矢島文夫[総監訳]『世界の文字大事典』(朝倉書店)
- ^ Singh, Abhai (2005) Learn Punjabi writing in three scripts : Gurmukhi-Shahmukhi-roman (Chandigarh : Lokgeet Parkashan)