チベット文字 英 Tibetan script
チベット語は,チベット・ビルマ語派,チベット語群に属する。形態論において孤立語に分類されるが膠着語的な性質ももつ。チベット文字 (文字体系:アブギダ) は,吐蕃王朝創立の英主ソン・ツェン・ガンポが,7世紀の前半に,識者トンミサンボータをインドに派遣して作らせた文字と伝えられている。創作の年代は,貞観6年 (632 年) もしくは貞観 13 年(639 年) とされるが,もちろん正確な年代は明らかではない。最近では,もっと古くからこの文字は使われていたと考えられ,したがって創作者をトンミに帰する見方も支持され難くなっている。チベット文字のモデルとなったインド系文字,果たしてどの文字であったか (・・・) 字形上の類似からすると,5・6世紀にインド北方で通用したグプタ系文字を模倣したとする意見が,最も有力に思える。[西田]
8世紀以降,この文字は書写に便利であるため,チベット族の間に限らず,広い地域に流伝し,近隣諸部族によっても使われ,現在西蔵自治区のほか,青海省,四川省,甘粛省,雲南省の北部からネパール,シッキム,ブータンに及ぶ極めて広範囲に通用している。またこの文字から後代,パスパ文字 (13 世紀) やレプチャ文字 (18 世紀) が派生して作られている。[西田]
チベット文字構成
チベット文字の構成は,核をなす基字の上下左右に構成要素を配置する。
最も複雑な CCCCVCC bsgrigs [ˆtrii] の構成要素 [長野: 597] | |||||||
前置字 | 上接字 | 語基 | 下接字 | 母音記号 | 後置字 | 再後置字 | TSHEG |
བ | ས | ྒ | ྲ | ི | ག | ས | ་ |
U+0F56 | U+0F66 | U+0F92 | U+0FB2 | U+0F72 | U+0F42 | U+0F66 | U+0F0B |
BA | SA | GA | RA | I | GA | SA | TSHEG |
子音字
母音字
赤で示した母音記号は子音字の上か下につく。
子音結合
特定の子音結合を表記するための,基本字形を若干修正して組み合せた合体字形が二種類,添頭字(33 字)と添足字(42 字)がある。下表は標準的なチベット語で用いられる子音結合の例であり,その他,借用語やサンスクリット語の経典を転写する際に用いる子音結合文字が多数存在する。
1)添頭字
2)添足字
複雑な音節構造
チベット語の1音節は最も複雑な構造の場合,CCCGVCCの形式をもつ。これを表記するため,核をなすCVの左右と上下に文字を配する。例は音節 /bsgrond/ で,次の構成要素からなる。
数字
サンスクリット語転写のための文字
サンスクリット語を転写するための特殊な文字として,6つの「逆字」がある(i)。また,サンスクリット語に独自の母音や長母音を示す文字方法がある(ii)。例iii) は -h- を基本単位文字に下接させて有声帯気音を示す方法である。
句読点
辞書配列順序
辞書の配列において,基字は重要な役割を果たす。綴り字配列の辞書では,見出し語は,単語の先頭の文字ではなく,基字ないしは有足字(前置字も上接字もないもの)→ 前置字を持つもの → 上接字を持つもの → 前接字+上接字を持つものの順に配列される。つまり,綴りの概観からはわからない基字を見出して辞書を引かなければならない。
チベット語テキスト
サンプルテキスト
長い伝統をもつチベット文字には,種々の字体と書体がある。大別すると,はっきりとした筆画をもち,角ばった形を示す有頭字 (ウ・チェン,dbu can) と,角のくずれた無頭字 (ウ・メ,dbu med) の二つになる。この二種類の字体の成立は,チベット文字発展の基礎をかためた。前者は楷書体で,後者には,行書体 (dpe-yig) と草書体 ('khyug-yig) がある。現代の印刷物はほとんど楷書体のウ・チェンである。一般のチベット人が日常的にもちいるのは,ウ・メのうちの草書体である。なお,学校で最初に習う習字の書体はウ・メのうちの行書体に属す「スグリン,sug ring」である。
チベット語オンライン辞書,コンピュータ処理情報などを提供するサイト yalasoo! から,ウ・チェン,およびウ・メのオープンタイプフォント Qomolangma fonts が入手できる。
有頭字の例
チベット語仏教経典の多くは「ペチャ」と呼ばれる横長の紙片の表裏に木版印刷ないし手写されている。表面の左欄外にページ番号にあたるフォーリオ番号がチベット語で記され,そこには2音節程度に縮められた著作の略称や,全集の場合の巻数も記される。一巻は約 300 枚から 400 枚のフォーリからなっていることが多い [福田]。 例文は pecha パッケージ (Doeter Jäger 作成)を用いて LaTeX によって出力したものである。全5ページ tibetan_pecha.pdf 参照
無頭体の例
ユニコード
チベット文字のユニコードでの収録位置は U+0F00..0FFF である。添頭字や添足字は,フォントが持つ文字情報,テキストの入力列を表示列にしたり,語中の位置に依存する字形を選択するなどの情報により配置され,適切な合体字形が得られる。
注
- 長野泰彦 (2001)「チベット文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂
- 西田龍雄 (1987)「チベット語の変遷と文字」長野泰彦・立川武蔵編『チベットの言語と文化』冬樹社.
- 福田洋一「チベット文献講読会」チベット語文語文法 レッスン12
関連リンク・文献
- チベット文字
- An exhibition of Tibetan Calligraphy
- Omniglot
- Radio Free Asia チベット語新聞・放送
- 地球ことば村「世界言語博物館」「チベット語」
- チベット大蔵経デジタル化プロジェクト
- 中西コレクション(国立民族学博物館)チベット文字