アラム文字 英 Aramaic scripts

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The Pentateuch - A Yemenite manuscript with the Targum. 〔拡大図〕 聖書図書館所蔵(2017年6月30日閉館) |
この文字が,前 8 世紀後半以後,すなわち古アラム語時代の後期から後述のような字形の実用的簡略化の道を歩み,前 5 世紀にその極に達する。といっても,この時代にアラム語はアッシリア,新バビロニア,ペルシア各帝国の公用語であり,その文字も帝国全土でほぼ統一されていた。そして,ペルシア帝国が崩壊して,ギリシア語とギリシア文字がこの地方における共通の伝達手段となっても,アラム語とアラム文字は死滅せず,ただ統一を失って前 2 世紀以後,アラム文字は各地域ごとに多少とも相異なる方向に変化した。これらは大体その文字で書かれた代表的言語の名を冠して,(方形)ヘブライ文字(聖書アラム語,パレスチナ・ユダヤ教徒アラム語,バビロニア・アラム語),パルミラ文字(パルミラ語),ナバテア文字(ナバテア語),シリア文字(シリア語,パレスチナ・キリスト教徒アラム語)と呼ばれる。
上にあげた各種のアラム文字はいずれも 22 個の字母からなる文字体系であって,字形の変化の結果同形異音の音価に変化が起こったりはしたが,ある字母が用いられなくなったり新しく作られるということはなかった(「マンダ文字」を除いて)。
古アラム語 Ancient Aramaic(前 10~8 世紀)
古アラム語というとき,前 8 世紀を中心とする時期に,当時活躍していたアラム民族の諸都市で建てられた碑文のアラム語を意味する。古アラム語の記録に用いられた文字が最古のアラム文字と言えるわけであるが,それらはまた同時代のフェニキア文字そのものでもあり,字形にいくらかの相違があったとしても,個人差の程度に過ぎない。古アラム語の碑文は十数点発見されており,その代表的なものに,3 個からなるセフィーレ碑石の刻文(後述)がある。→ 松田(2001)






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帝国アラム語 Imperial Aramaic(前 7~3 世紀)
アラム語は前 6 世紀の末にはすでにペルシア帝国の公用語として幅をきかせていた。この時期のものを帝国アラム語と称す。前 5 世紀にナイル河上流のエレファンティーネ島にユダヤ人の一団が植民していたが,ここから彼らが作成したアラム語のパピロス文書が多数発見されている。→ 松田(1988)
アッシリア時代 (前 7 世紀)
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新バビロニア時代 (前 6~5 世紀)





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![]() → 松田(2001) |

中期アラム語 Middle Aramaic(前 2~後 3 世紀頃)
前 3 世紀の末頃から,アラム語は,文字共通語としての統制力を失い始め,シリア・メソポタミア,エジプト,北パレスチナには,ギリシア語が侵入した。しかし,ヘレニズム世界にあって独自の文明を維持したユダヤ,北西アラビア,パルミラ,バビロニア,パルティアでは,ペルシア時代の帝国アラム語を規範とした文字言語が継承され,文字の書体や正書法だけでなく,統辞法や語彙においても,書き手の母語の影響をも受けつつ,次第に各地方独自の文字アラム語が形成されていった。→ 「ナバテア文字」 → 「パルミラ文字」 → 「パフラヴィ文字」 → 「シリア文字」
パルティア王国のアラム語





後期アラム語 Late Aramaic(3 ~ 7世紀)
帝国アラム語の規範力は 3 世紀頃にはまったく衰え,アラム語を話す各地方ごとの方言に分化し,東西二大方言の区別は,いよいよ顕著になった。そのため,この時期には,もはやアラム諸方言としてではなく,アラム諸語として扱われる。→ 「マンダ文字」→ 「サマリア文字」
シリア語
この時期のシリア語は中期シリア語ともよばれ,400 年頃完成したペシタ(Pšīttâ)とよばれる旧約聖書(右図)の翻訳に用いられ,シリア文字による正書法を新たに確立し,東アラム語を話すキリスト教徒の文字共通語となった。ペシタ訳
現代アラム語 Modern Aramaic, Neo-Aramaic
後期アラム語諸方言は,10 世紀頃までにはほとんどすべてアラビア語によって滅ぼされたが,僻地に逃れてイスラム化されなかった,ユダヤ教,キリスト教,マンダ教の教徒たちはアラム語を守り続け,現代でもなお,約 30 万人がアラム語を話しているといわれる。
字母一覧表
フェニキア文字の祖先である原カナン文字の字母配列順(いわゆるアルファベット順)は,すでに前 2 千年紀後半には決まっていたと推定されるが,アラム文字の使用者も,おそらく最初からそれを知っていたのであろう。
テル・ハラフから出た,無数の亀裂状文様が刻まれていると見られていた四分円形の石版(前 8 世紀末頃のものと推定される)には,実は,文様に混じって,19 ないし 20 個の古アラム文字が伝統的字母配列順に従って刻まれていることが明らかになった。図(b)は文字だけを書き出したもの。一番外側に右から左へ ʼ b g d h w z ḥ ṭ y k l,内側に左から右へ m n s ʽ p [s],2 列目も左から右へ r š と刻まれている。→ 松田(2001)


アラム文字の世界で出土した,現在知られている最古の完全な「アルファベット碑文」は,エジプトのワディ‐ハンマーマート(Wadi Hammamat)から出たもので,帝国アラム文字の書体で 22 字母が 1 列に書かれている。転字は右から ’ b g d h w z ḫ ṭ y k l m n s ‛ p ṣ q r š t となる。→ Revue d'Assyriologie 41: 1947-48.

アラム文字コンピュータ処理
古アラム文字と帝国アラム文字,それぞれのフリーフォントが下記のサイトから入手できる。ワードプロセッサーなどで使用する際は,右横書きの機能を必要とする。


ユニコード
帝国アラム文字のユニコードでの収録位置は U+10840..U+1085F である。

入力方法
アスキー(英語)配列の Early Aramaic フォントには,文字とキーボードとの対応表が付属する。ユニコードの帝国アラム文字用キーボードは存在しない。一般的な入力方法については 多言語環境の設定 を参照。
関連リンク・参考文献
アラム文字 | Aramaic alphabet
- 世界の文字(中西印刷)アラム文字
- Omniglot Aramaic
- Ethnologue Jewish Babylonian Aramaic
- ScriptSource Aramaic, Samaritan | Aramaic, Jewish Palestinian | Imperial Aramaic
注
- ヨセフ・ナヴェー 著 ; 津村俊夫, 竹内茂夫, 稲垣緋紗子 訳. 初期アルファベットの歴史. 法政大学出版局, 2000
- 松田伊作(1988)「アラム語」 『世界言語編(上)』(言語学大辞典,第1巻,三省堂)
- ‐‐松田伊作(2001)「アラム文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ジョン・ヒーリー 著 ; 竹内茂夫 訳(1996)『初期アルファベット』(學藝書林)
- Diringer, David (1968) The alphabet: a key to the history of mankind. (Fund & Wagnalls)
- Donner, H. und W. Röllig (1973) Kanaanäische und aramäische Inschriften. (Wiesbaden : O. Harrassowit)