古代南アラビア文字 英 Old South Arabic script
先イスラム期にアラビア半島南西部(現在のイエメン)で,サバ語,ハドラマウト語,カタバーン語,マイーン語(マザーブ語)等の古代南アラビア語を表記するのに用いられた文字を一括して,古代南アラビア文字と呼ぶ。紀元前にサバ人が進出したエリトリアのアッケレ・グザイ(Akkele Guzay)地域やエチオピア北部のティグレ(Tigray)州,マイーン人の隊商交易の中継基地ウラー(Al-ʻUlā)とファウ(Qaryat al-Faw)においても使用された。このほか,ペルシア湾岸に近いハサー(al-Ḥasā)地方で古代北アラビア語に属するハサー語を,また,ファウでは北アラビア語を表記するのにも用いられた。[蔀 p. 426]
古代南アラビア文字は,古代北アラビア文字,エチオピア文字(ゲエズ文字)とともに,南セム文字の下位区分を構成する。これらの文字間では字形が近似しているだけでなく,字母の配列順序にも共通性がある。南セム文字は,原シナイ文字,あるいは原カナン文字に遡るアルファベットの祖形から,おそらく前2千年紀の半ばかそれをやや過ぎた頃に分かれて成立したとされる。エチオピア文字は,古代南アラビア文字から分かれたのち,書記方向の変化(「右→左」から「左→右」)と音節文字への変換を経て確立した。
文字構成
1 字 1 子音を表記する表音文字(アルファベット)である。セム系の文字の中では唯一,セム祖語(Proto-Semitic)の 29 子音と等しい数の字母を有する。また,3 種の歯擦音(s1,s2,s3)を区別するのも特徴である。
数値記号
古代南アラビア語テキスト
サバ碑文
サバ碑文 [Ramessos / Public Domain / 出典] |
木簡 Ghul A
木簡 Ghul A [Ryckmans, Jacques / CC0 1.0/ 出典] |
書記方向は右から左への横書きが原則であるが,初期の碑文にはいわゆる牛耕式のものも少なくない。稀に,縦書きの刻文も存在する。文字は 1 字ずつ分けて書き,日常使用する草書体の場合でも,続け字の例はない。語と語の間は縦線で区切られる。
これまで発見,記録された古代南アラビア文字の碑文や刻文の中で石と岩壁に記されているものが圧倒的に多い。専門の石工により洗練された書体「モニュメントル」と呼ばれるこの書体は,文字の多くが直立し左右対称に整形されているのが特徴で,牛耕式碑文の美観を損なわないための工夫と解されている。
ヒムヤル碑文 YM 2364
バイト・ダブアーン(Bayt Dan)に残されていた 3 世紀前半のヒムヤル碑文。サバ王によって派損された国境の砦の再建を記念している。文字は浮き彫りで,装飾性が強い。[蔀 p.430]
ヒムヤル碑文[Alessandra Avanzini // 出典] |
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文字コード
古代南アラビア文字のユニコードでの収録位置は U+10A60..U+10A7F である。
注
- 蔀祐造 (2001)「古代南アラビア文字」河野六郎 [ほか] 編著『言語学大辞典 別巻 (世界文字辞典)』三省堂.
関連リンク・参考文献
- Omniglot: Avestan
- 中西印刷・世界の文字:南アラビア文字
- ScriptSource: Old South Arabian