キルギス共和国で日本語を学んで[第1回]
ITから日本語教育研究までの道を歩んだ人の声
ヴォロビヨワ・ガリーナ(Galina Vorobeva)
独立系研究者、元ビシケク国立大学准教授
掲載年月日:2026年7月13日
私はキルギス国民である。キルギス共和国は中央アジアに位置していて、隣国はカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンと中国である。キルギスは多民族の国で、公的に使用される言語が2つある。それはキルギス語(国語)とロシア語(公用語)であり、その両言語で使用される文字はキリル文字である。日常生活では他の言語も使用されている。
私の専攻は数学で、ずっとITに関する仕事をしていた。いつか日本語を学び、そのうえ日本語教師、日本語教育研究者になるとは予想もしなかった。でも1995年に私が住んでいるキルギスの首都ビシュケク市でキルギス日本センターができ、社会人向けの日本語コースが開かれた。私はそのときもう46歳だったが、はっきりした目的がなかったけれど、学習が好きで、また日本文化に興味を持っていたので、当コースに申し込み、合格し、日本語を勉強し始めた。
「石橋を叩いて渡る」という日本の諺があるが、それとは反対にまるで川底を知らず、川岸の高い岩から川に飛び込んだかのように、日本語はどのような言語か全く知らないまま、日本語学習を始めることになった。ロシア語母語話者である私はその前にキルギス語学習をしたので、日本語の文法の学習はそんなに難しく感じなかった。日本語の文法とキルギス語の文法は類似点が多いからである。でも日本語表記を初めて見たので、平仮名も、片仮名も不思議で覚えにくく感じた。頑張ってその文字の学習を乗り越えて、漢字を魔法の文字と見做してわくわくして、漢字学習が始まるのを待っていた。
どうして漢字を知らないのに興味を持てたのだろうか。表音文字であり、形がわりと簡単なキリル文字とラテン文字に慣れている私には、形が複雑で、その字体に意味が潜まれた漢字は謎の別世界に見えたからであった。しかし夢の漢字学習は冷たいシャワーのようになった。日本語学習を止めたくなるほど想像以上に難しかったからであった。
そのときの私の学習法は誰もがしているような次の方法だった。漢字の形と筆順を覚えるために漢字を何回も書いたり、語彙を覚えるために単語を何回も書いたり読んだりしていた。また一時的に覚えた漢字をよく忘れたので、きちんと復習をした。しかし、数学の勉強の背景を持っていたため漢字をシステムとして非体系的に感じていた。そしてきっと体系的で効率的な学習法があるはずだと考えた。
1999年にキルギス日本センターの日本語コースを卒業後、コンピュータの仕事を辞めて同センターの日本語教師になった。学習者が漢字学習で困ったことがよく理解できたため、楽しくて効率的な漢字指導法を考えようと、研究を始めた。
「富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」という有名な日本の諺をロシア語で高校時代の頃読んだことがある。富士山の魅力や登山の大変さを表現したものだそうである。その諺を読んでから富士登山が私の大きい夢になった。結局2000年に日本人の先生と一緒に富士山の頂上まで登って、華やかな日の出、そして広い世界、青空と雲を上から見て私は幸せに感じた。その後漢字学習を富士山への登山に例えることができると考えた。いかにきつくてもたくさんの人々が頂上を目指して、富士山に登っている。同様に漢字学習もいかに難しくても日本語の文章が読めるようになることを目標として頑張っている人が多い。しかし、日本人と非漢字圏の人の漢字学習は随分違うと言えよう。生まれてから漢字の世界に囲まれている日本人は、車で「漢字の富士山」の五合目まで行って、その後元気に頂上に向かう。それに対して目標が同じなのに、大人になってから漢字学習をし始める非漢字圏の人はいい道を知らず、「漢字の富士山」の麓から森の中の険しい道を登り始める。私は自分の漢字学習の経験を踏まえ、先行研究も学びながら、学習者の漢字学習の負担を軽減するために彼らに相応しい教授法を探した。
そして非漢字圏の人の漢字学習の問題点を分析して、『漢字物語』という漢字教材を作成し、漢字教授法を開発した。研究の内容について本稿では詳しく書かないが、研究の成果として『構造分解とコード化を利用した計量的分析に基づく漢字学習の体系化と効率化』をテーマとした博士論文で漢字教育に関する研究の主な内容を公開した。実は私は日本の大学でも、大学院でも勉強したことがなく、2004~2013年のうちに何回か国際交流基金日本語国際センター、国立国語研究所、京都大学、東京国際大学、国際日本文化研究センターで研究する機会を得て、日本の研究者のご支援のおかげもあって博士論文が作成でき、2013年に論文博士を目指して、政策研究大学院大学に申し込んでみた。結局2014年に博士号が取得でき、誇りに思った。
表意文字である漢字の魅力の一つは、漢字を通して、ある程度、漢字圏の人と共通語がなくても交流できることである。私は次のような体験をした。ある日、中国の航空会社の飛行機に乗っていたとき中国語の新聞をもらって、その見出しを見ていた。隣に座っていた中国人女性に英語で「なぜ中国語の新聞を見ているのか」と声をかけられた。私は英語が話せないので新聞の余白に「日本語教師」と書いた。その後声を出さずに、新聞の余白に漢字を書いたり、電子辞書を使ったりして筆談で1時間以上交流し、住まい、専門、職業、年齢、家族、趣味、住んでいるところの気候、好きな果物などについてお互いに知ることができた。漢字こそ表意文字として現代の情報社会で国際交流の手段になることを実感した。そのとき漢字の知識の大切さを改めて感じた。
これまで日本語講師としてキルギス日本センター、キルギス国立総合大学コンピュータ技術・インターネット学部、ビシケク国立大学国際関係・東洋学部日本文学・日本語学科で働いていたが、最近年金受給年齢に達したため、独立系研究者として活動をしている。研究論文を作成したり、国際研究大会、フォーラムなどで研究発表、講演、ワークショップをしたりしている。漢字は表意文字として概念を表すので、日本語の文章はコンパクトで、意味が把握しやすい。将来は、現在より日本語表記が世界でより大きい役割を果たすように、今後とも私は日本語の漢字を大切にして、非漢字圏で漢字を普及することに頑張りたい。
参考文献
ヴォロビヨワ・ガリーナ(2007)『漢字物語Ⅰ』ビシュケク:Lakprint
ヴォロビヨフ・ヴィクトル、ヴォロビヨワ・ガリーナ(2007)『漢字物語Ⅱ』ビシュケク:Lakprint
ヴォロビヨワ・ガリーナ(2014)『構造分解とコード化を利用した計量的分析に基づく漢字学習の体系化と効率化』政策研究大学院大学博士論文
http://www.grips.ac.jp/jp/dtds3/galina_vorobeva/
注
『漢字物語Ⅰ、Ⅱ』は下記の「キルギス共和国日本語教師会」サイトからダウンロード可能
https://jlkyoushikai-kyrgyz.jimdofree.com

