非漢字圏の日本語学習者を支える漢字指導法の開発[第2回]
ヴォロビヨワ・ガリーナ(Galina Vorobeva)
独立系研究者、元ビシケク国立大学准教授
掲載年月日:2026年7月24日
私は1995年にキルギス日本センターで日本語学習を始めたとき同級生の1年生が60人いたが、毎年半分ぐらいの学習者が止めてしまった。結局4年後には、一緒に入学した人のうち6人、つまり10%しか卒業できなかった。キルギス語と日本語は文法的に似ているので、文法的な違いは学習上の大きな問題にはならない。例えば、キルギス語の文にも、日本語の文にも後置詞が使用されている。
例1(キルギス語) Аба ырайы жөнүндө сүйлөшүү.
(転写表記) Aba yrayy jönündö süylöşüü.
(逐語訳) 天気 ~について(後置詞) 話す。
(日本語) 天気について話す。
また日本語の文でも、キルギス語の文でも、肯定的な意味か否定的な意味は文の最後にわかる。
例2(キルギス語) Мен студент эмесмин.
(転写表記) Men student emes-min.
(逐語訳) 私(一人称) 学生 ではない-(一人称)
(日本語) 私は学生ではありません。
日本語の発音もキルギスの学習者にとって難しくない。学習の困難の主な理由は、漢字学習が障害となって、日本語学習が進まなかったためではないかと思う。日本語教師になってから上記の事実を考えると、漢字の体系的、効率的な学習法の開発の必要性を強く感じた。そこで自分の漢字学習の経験を踏まえ、先行研究も学びながら、学習者の漢字学習の負担を軽減するために彼らに相応しい教授法を考えた。研究の段階は次の通りである。
第一歩
まず、連想記憶法を利用した漢字の形と意味の関連のストーリー(物語)を中心に漢字教材『漢字物語Ⅰ』と『漢字物語Ⅱ』を日本語とロシア語で執筆した。連想記憶法というのは、覚えたい情報をすでに覚えている言葉や視覚的なイメージと結びつけて、覚える記憶術である。『漢字物語』ではイラストを入れて、象形文字の意味をイメージで説明する。例えば、「万」という漢字を覚えるための「物語」は次のようである(ヴォロビヨワ2007、p.42)。
「万」は浮き草の葉「一」と根「刀」を表す形からできた字です。池の上には浮き草がたくさんありますから、「万」という数を表します。
このように2つ以上の要素を含めた漢字の構成を示し、要素の組み合わせを説明するのだが、ここでいう「物語」は、字源(漢字の語源)から作られたものだけではなく、筆者自身が漢字の視覚的イメージから創作したものもある。
例えば、「島」という漢字を覚えるための「物語」は次のようである(ヴォロビヨフ&ヴォロビヨワ 2007、p.163)。
「島」は「鳥」と「山」を合わせた字です。鳥の足(灬)の代わりに「山」が描いてあります。それは渡り鳥が休む海の中の山で、周りを水で囲まれた小さい土地です。
漢字の形と意味を覚えるストーリーとイラスト以外に、教材には各漢字に関する意味、読み方、部首、ロシア語訳が付いている語例などを載せた。
漢字を導入する際に好奇心を持たせることや動機づけが必要だと考えている。そのため漢字学習意欲の向上を目指して、学習者が漢字の歴史的な価値を感じるように次の漢字由来の伝説を教材に入れた。
「古代中国の帝王に仕えた蒼頡 という人が、ある日地面の上に残っていた動物や鳥の足跡に気が付いた。彼は足跡から動物や鳥を特定できることから様々な事物を意味する文字が作れるという発想を得て、漢字を作り始めた。」
つまり先に象形文字、さらに指示文字が発生されたと予測する。このように説明することで、漢字に学習者の関心を向け、漢字の重要性を理解させられると期待している。『漢字物語』は2005年からキルギスだけでなく、外国でも使用されている。それは日本、ロシア、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、ポーランドなどである。副教材として使っている教師、日本語学習者から感謝のメッセージを何回も受け取った。連想記憶法という記憶術に基づいた学習法は漢字能力を高め、不安なく、意欲を持って漢字の学習ができると自負している。この教材は無料でインターネットからダウンロードできる。リンクは参考文献にある。
第二歩
『漢字物語』を執筆してから、漢字指導の効率化を目指して研究を続けた。
まず、自分の日本語学習者と日本語教師の経験を踏まえ、さらに先行研究の知見・指摘に基づいて、非漢字圏日本語学習者の漢字学習の問題点について検討した。主な16の問題点を考え、整理し、3つのグループ「漢字そのものに内在する問題」、「教授法の問題」、「学習者の漢字学習に対する意識の問題」に分類した。問題点について博士論文(ヴォロビヨワ2014、p.13)で詳しく説明した。以下が、非漢字圏日本語学習者、特に初期学習者の漢字学習の主な問題点である。
漢字そのものに内在する問題
(1)学習すべき漢字の数が多い
(2)学習すべき漢字語彙が多い
(3)漢字の字体が複雑である
(4)漢字を構成する要素の種類が多い
(5)個々の漢字に関わる情報が多い(字体、字義、読み方、筆順、部首など)
(6)字体、字義、読み方の間の関連性が明白でない
(7)音声情報が単一ではなく、音訓読みも複数存在している
教授法の問題
(8)丸暗記に頼る非体系的な指導法が使用されることがある
(9)学習対象漢字の掲出順序が合理的ではないことがある
(10)漢字学習の時間的な制約がある
(11)ICT(コンピュータやインターネット)の使用が不十分である
学習者の漢字学習に対する意識の問題
(12)漢字を非体系的に感じる
(13)自律学習方法がよく分からないことがある
(14)多様な漢字学習ストラテジーについて知らないことがある
(15)一時的に漢字を覚えても定着できない
(16)漢字辞典の調べ方を難しく感じる
参考文献
ヴォロビヨフ・ヴィクトル、ヴォロビヨワ・ガリーナ(2007)『漢字物語Ⅱ』ビシュケク、Lakprint
https://jlkyoushikai-kyrgyz.jimdofree.com/会報-刊行物/
ヴォロビヨワ・ガリーナ(2007)『漢字物語Ⅰ』 ビシュケク、Lakprint
https://jlkyoushikai-kyrgyz.jimdofree.com/会報-刊行物/
ヴォロビヨワ・ガリーナ(2014)『構造分解とコード化を利用した計量的分析に基づく漢字学習の体系化と効率化』博士論文 政策研究大学院大学のオフィシャルサイト
http://www.grips.ac.jp/jp/dtds3/galina_vorobeva/
(続きの「第三歩」以下は次回に掲載)

