非漢字圏の日本語学習者を支える漢字指導法の開発[第3回]
ヴォロビヨワ・ガリーナ(Galina Vorobeva)
独立系研究者、元ビシュケク国立大学准教授
掲載年月日:2026年8月17日
「非漢字圏の日本語学習者を支える漢字指導法の開発[第2回]」の原稿の終わりに日本語学習者が抱えている漢字学習の問題点について述べた。本稿ではその問題を解決向けの漢字指導研究の第三歩、第四歩と第五歩について述べる。
第三歩
問題点を分析し、その後問題を解決するため漢字指導の体系化と効率化を目指し、次のことをした。数学の知識を利用し、漢字の「筆画」(ストローク)の種類と「構成要素」(偏や旁などの部品)の種類を確定して、コード化し、コードのデータベースを作成した。そのデータベースをコンピューターを使って漢字字体と様々な漢字群(常用漢字、学習漢字など)の計量的分析を行った(ヴォロビヨワ&ヴォロビヨフ2015、2016、2017b)。例えば、筆画と構成要素の使用頻度、つまり漢字群に筆画と構成要素が何回入っているかを測定した。
また漢字の構成上の複雑性指数の案を考えた。漢字の「構成上の複雑性指数」というのは複雑性を示す数字であり、筆画の数とか、構成要素の数とか、筆画の曲がりによる筆画の部分の数などを指数化したものである。また調査を行って漢字の知識量、国籍などが異なる人の漢字の構成上の複雑性の感覚を分析した(ヴォロビヨワ&ヴォロビヨフ2018a、2018b)、(Vorobeva 2018、2019)。その結果、漢字の知識が増えるにつれて、構成上の複雑性の感覚が変わって評点が低くなること、つまり、だんだんと易しく感じるようになっていくことが明らかになった。そして日本人と非漢字圏上級者の感覚はだいたい同じだということも確定した。
さらにその調査の結果、客観的な複雑性指数を決めるのは難しいことが分かった。例えば「飛」と「品」という漢字は筆画の数は同じ9個であるため、筆画の数の複雑性は同じである。一方構成要素の数は、「飛」はそれ自体が一つの部首、つまり1個だが、「品」は「口」が3個であるから、構成要素数の観点からは「品」は「飛」より複雑である。しかし調査でわかった主観的な感覚によると「飛」は「品」よりも倍、複雑に感じられる。さらに「品」に入っている筆画は直線だけを含むのに対して、「飛」はより複雑に見える曲線を含んでいるため、主観的な感覚に筆画の形も影響することも考えられる。
上記の分析の結果も考慮して、非漢字圏日本語学習者の漢字認識に相応しい漢字指導法を検討した。
第四歩
子供は新しい車のおもちゃをもらうとその構造を知るためにおもちゃを分解したり組み立てたりする試みをしていることが少なくない。同じように複雑な形をしている漢字であっても、その構成と構成要素それぞれの意味を分析して示せば、それらを合わせた全体の漢字の意味が分かりやすくなることがある。「簡単なものから複雑なものへ」というような指導法と漢字の階層構造について次のようなことをした。筆画、片仮名と漢字の指導を結びつけることにして、階層的なアプローチを決めた{筆画 → 片仮名文字 → 漢字 }(ヴォロビヨワ2014、p. 156)、(ヴォロビヨワ&ヴォロビヨフ2017 c)、(ヴォロビヨワ2018)。
階層1「筆画」 まず筆画の形の種類を確定した。文字符号化集合の国際規格ユニコード(The Unicode Standard, Version 17.0 CJK Strokes U+31C0~U+31EF)では38種類の筆画が確定されている。しかし常用漢字ではそれら全て使われているわけではなく、中国語の教科書(Задоенко&Хуан 1993)で扱われている24種類の筆画を扱うことにした。例えば、「一、┃、丶、ノ、乙、乚、亅」などの筆画である。学習者に筆画の種類を教えて、練習シートを作って、「はらう、はねる、とめる」という規則も説明し、筆画の書き方練習をさせた。それは片仮名と漢字の正しい書き方の基盤となった。
階層2「片仮名」 片仮名は漢字の一部を取って作られた文字であり、漢字と共通の筆画を含んでいる。その類似点を漢字指導で利用することにした。片仮名の書き方の習得を漢字の書き方の予備段階として指導していく。片仮名と同じ形をしている漢字(工/エ、力/カ、夕/タ、二/ニ、口/ロ)から漢字を紹介したほうが良いと考えられる。そうすると漢字に対する学習者の恐怖が少し安らぐと思う。
階層3「漢字」 まず簡単な漢字(単体漢字、1個の構成要素からなる漢字)を教え、次に単体漢字の組み合わせである複雑な漢字(合体漢字)を教える。例えば、「明=日+月」、「休=亻+木」、「男=田+力」、「島=鳥+山」などである。合体漢字を単体漢字より先に教える必要があることもある。その場合は合体漢字と一緒にその構成要素である単体漢字も教えて、できるかぎり意味の合わせ方について教える。
214個の部首は規定の漢字の構成要素である。しかしそれ以外も未定義構成要素もたくさん使用されている。例えば、「右=ナ+口」、「雑=九+木+隹」、「勇=マ+田+力」という漢字は部首ではない構成要素(ナ、九、マ)も含んでいる。日本以外の漢字圏の国では、部首だけでなく、全ての構成要素が規定されている。例えば、Kordek(2013、p. 54)によると、中国では560種類、台湾では517種類のスタンダードの構成要素が扱われている。日本ではこのような構成要素群が決まっていないので、研究者によって独特の構成要素のシステムが作成されている。ヴォロビヨワ(2014、p. 52)は先行研究の14の漢字の構成要素のシステムを紹介する。それぞれの構成要素の種類の数は随分異なり、79個から632個まである。筆者の場合は220個の独特の「準部首」(ヴォロビヨワ2014、237 p.)を選んだ。部首もそのまま利用し、全体の構成要素の種類の数は214+220=434である。
漢字の構造分解は漢字字体の認識を体系化し、漢字の字体と意味の関連の理解を促進し、連想記憶法を効果的に使用する要因となると考えて研究を続けた。
第五歩
表音文字のラテン文字、キリル文字などを習得すると、一生問題なくどの文章でも読めるようになる。それに対して漢字学習は終わりがない。一度勉強し始めると一生勉強することが必要となる。文章を読むと、知らない漢字と熟語が現れることも普通である。
「人に魚を与えると1日で食べてしまうが、釣りを教えれば生涯食べていく事ができる」という諺がある。この諺を漢字教育にも適用できる。漢字を教えると共に漢字学習法を教えることが極めて重要である(ヴォロビヨワ&ヴォロビヨフ2017a)。体系的で効果的な漢字指導・学習法を広めるために、国際研究大会などで研究発表をしたり、研究論文を公開したり、ビシュケク国立大学で「漢字の学習法」という科目を教えたりしながら研究を続けた。主な論文のリストは参考文献にある。これによって、特にアルファベットに慣れ親しんできた非漢字圏学習者の「漢字拒絶病」を防ぐことができるものと期待される。研究に対するフィードバックは私にとって刺激になり、『構造分解とコード化を利用した計量的分析に基づく漢字学習の体系化と効率化』をテーマとした博士論文(ヴォロビヨワ2014)で漢字教育に関する研究の主な内容を公開し、その後も研究を続けている。
上記の研究に基づいて開発した教材と指導法によって、非漢字圏の日本語学習者の漢字学習が少しでも楽になれば幸いである。
参考文献
ヴォロビヨワ・ガリーナ(2014)『構造分解とコード化を利用した計量的分析に基づく漢字学習の体系化と効率化』博士論文 政策研究大学院大学のオフィシャルサイトhttp://www.grips.ac.jp/jp/dtds3/galina_vorobeva/
ヴォロビヨワ・ガリーナ(2018)「片仮名学習を漢字学習の予備段階と見做す」『ことばと文字』10 号 58-67. くろしお出版
ヴォロビヨワ・ガリーナ、ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2015)「漢字の構造分析に関わる問題―漢字字体の構造分解とコード化に基づく計量的分析―」『国立国語研究所論集』第9号 215-236
https://doi.org/10.15084/00000469
ヴォロビヨワ・ガリーナ、ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2016)「非漢字系日本語学習者の漢字学習の支援を目指す漢字構造記述」『漢字字体史研究 二 -字体と漢字情報-』勉誠出版244-264
ヴォロビヨワ・ガリーナ、ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2017a)「非漢字系日本語学習者の漢字学習法と指導法の効率化」『キルギス日本語教育研究紀要』創刊号、キルギス共和国日本語教師会 60-74
https://jlkyoushikai-kyrgyz.jimdofree.com/紀要-キルギス日本語教育研究/バックナンバー/
ヴォロビヨワ・ガリーナ、ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2017b)「非漢字系日本語学習者の漢字学習における阻害要因とその対処法―体系的な漢字学習の支援を目指して―」『国立国語研究所論集』第12号pp.163-179
https://doi.org/10.15084/00000859
ヴォロビヨワ・ガリーナ、ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2017c)「片仮名と漢字の形の類似点を考慮した指導法」『中央アジア諸国日本研究カンファレンス論文集』32-41、アルマトゥイ、アル・ファラビカザフ国立大学
ヴォロビヨワ・ガリーナ,ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2018a)「漢字の構成上の複雑性の客観的要因及び主観的感覚―ウズベキスタン,キルギス,ロシアの日本語学習経験者を対象としたアンケート調査結果―」『キルギス日本語教育研究紀要』第2号26-42.キルギス共和国日本語教師会
https://jlkyoushikai-kyrgyz.jimdofree.com/紀要-キルギス日本語教育研究/バックナンバー/
ヴォロビヨワ・ガリーナ、ヴォロビヨフ・ヴィクトル(2018b)「日本人とキルギス人の漢字の構成上の主観的複雑性の感覚」『日本キルギス文化研究会会誌』第2号、1-23. 日本キルギス文化研究会
Kordek, Norbert (2013) On some quantitative aspects of the componential structure of Chinese characters. Poznan: Wydawnictwo Rys.
The Unicode Standard, Version 17.0 CJK Strokes
https://www.unicode.org/Public/UCD/latest/charts/CodeCharts.pdf
Vorobeva Galina(2018)「漢字の構成上の客観的複雑性の要因及び主観的複雑性の感覚」『JSL漢字学習研究会誌』第10号62-71. JSL漢字学習研究会
https://doi.org/10.20808/jslk.10.0_62
Vorobeva Galina(2019)「非漢字系日本語学習者の体系的な漢字学習の支援を目指す漢字構成の公式化とその応用」『JSL漢字学習研究会誌』第11号50-59. JSL漢字学習研究会
https://doi.org/10.20808/jslk.11.0_50
Задоенко Т.П., Шуин Хуан Основы китайского языка: вводный курс. Москва: Наука, 1993

