地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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「言語ヒッチハイクガイド」


松岡亜湖 小学校教諭・名古屋市在住

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1.「政略離婚」は日本だけ??
   ~ 英語と日本語を比べてみると ~


 翻訳を学んでいて面白いのは、今まで知らなかった風景や発想にめぐり会えることです。世界のいろいろな場所に行ったつもり、現地の人と話したつもりになれます。タイムスリップの気分も味わえます(古語→現代語も一種の翻訳ですよね)。……と書きつつ、古文書やシェークスピアの原書は読めません。かじろうとしたことはあるのですが、歯が立ちませんでした。いつかは読めるようになってみたいものです。


笠寺の街興しを英語で!

 翻訳と聞くと、外国語で書かれた海外の作品を日本語にする、という流れを連想する方も多いかと思います。でも最近は日本のものを海外に発信する英訳・外国語訳も活発に行われていますね。その流れで今関わっているのが、名古屋市・笠寺の街興しです(商店街の<街>、「起こし」ても「お越し」てもいないので、<興し>で書きます)。
 「名古屋で街興し?」とお思いになるかもしれませんが、今話題の地域おこし協力隊の活動を見ていても、「大都市のシャッター街」興しの話題はほとんどなく、大半は過疎地域や田舎暮らしの話題です。そして大都市の場合、ひとつ間違えれば大規模店舗やチェーン店が入って商店街が衰退して終わり、とか、妙なイベントプランナーの下、単発イベントでよそ者が騒いで散らかして帰って終わり、ということにもなりかねません。街には街の事情があり、独特のニーズがあるのです。
 笠寺の街興し「かんでらmonzen亭」http://machiwiki.sakura.ne.jp/ では、様々な街興しの活動を行っています。私が初めてこの団体を知ったのは、「カメの住民票作り」でした。以前、アースウォッチという団体 http://www.earthwatch.jp/ でカメの保全活動に参加したことがあり、興味がわいたのです。「笠寺古本通り計画」もいいなあと思っています。と、ここまではウェブページを読むだけだったのですが、活動の一環として「外国の方にも笠寺の魅力を知ってもらって観光を活性化したい」というプロジェクトが登場し、翻訳ボランティアの募集があり、「自分でもやってみたい!」と思いました。で、応募して、今は実際に笠寺紹介のお話を少しずつ英訳しています。「英語で笠寺をご紹介!」にはnoteを使っています。 https://note.mu/asiapaa/m/m48427ad00930


 対訳にて、書き出し部分を引用します。
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 中国では内紛の多い明の時代、ヨーロッパでは神聖ローマ帝国がフランスに攻め込み、西も東も、おなじ戦国の風雲につつまれた十六世紀、日本もまた戦国乱世の時代にあった。ここ中部地方では、三河の国、尾張の国、駿河の国(中部の国と東海道の地図)が、それぞれに勢力の拡大を目論んでしのぎを削っていた。これらの国々は、水資源と土地に恵まれ、戦乱を逃れた公家が東海道を経由して落ち延びた場所でもあり、宿場や商業も栄えた。故に、大物の武将達が城主として勢力を伸ばした。
 In Chinese continent during the Ming Dynasty was full of infighting, and in Europe the Holy Roman Emperor Charles Ⅴ invaded France. Throughout the West and East, there were troubled times. In the 16th century Japan was also in the midst of the incessant conflicts. Here in Chubu region, the Mikawa domain, the Owari domain and the Suruga domain competed fiercely each other to extend his influence and capture teritories. These domains had a great deal of water resources and good agricultural land. Many court nobles fled to Chubu to escape from the disasters of war. They took the Tokaido road so that many towns were flourished as inn towns and commercial towns along the road. That was the birth of this story, in this atmosphere the warlords in each domains flourished on as the castellans.


 日本語の文章は、主に山岡荘八氏の著作を下敷きにした作品です。地元の方(故・福原伸二さん)がボランティアでまとめた三部作の一つで、「歴史上の出来事の記録」に近いです。英訳用の日本語の構成と翻訳は、私が行いました。ちなみに、街興し着物イベント「ハイカラdeカンデラ(http://machiwiki.sakura.ne.jp/uploads/photos/92.jpg)」に写真を撮りに行ったときに地元の方と話したのですが、「笠寺で人質交換があったという説や、家康が竹千代であるという説を知ったのは最近」とのことでした。言われてみれば、豊臣家・織田家・今川家・徳川家、歴史上の記録は完全に一致はしないでしょうし、松平家・徳川家はみんな幼名が竹千代だったので、跡継ぎを巡る改名や替え玉など、もしかしたらいろいろあったかもしれません(写真はないし、伝達も馬だし、電気もない時代です。場所の確定や人物の同定は相当困難かと思われます)。
 いつかは、『三河物語』など最初の出典にあたってみたいと考えています。


翻訳で苦心したところは・・・

 さて、この英訳では、一部ネイティブ・チェックを受けています。DHCのサービスを(本来はアカデミックな文章の添削が基本ですが、事前にメールのやりとりをして、了解を得た上で)利用しました。そこで指摘や質問を受けてなるほど!と思ったことがいくつかあります。以下、やりとりが英語のみなので、私の理解力が追い付いていない部分がありそうですから、勘違い等あればご指摘ください。ちょっとドキドキしつつ、冷や汗をたらしつつ、思い切って書きます。
 まず、「西も東も」の表現です。和英辞書を引くと「the Orient and the Occident」が出て、語感が好きでこちらを採用したら「古すぎ!」との指摘があって「the West and East」に修正しました。使いたかったなあ、オリエント。残念です。どんなニュアンスなのかしら。英英で見るとliterallyとかformalとか注釈が付いているので、かなり固い語でありそうだという想像はできるのですが、「時代物」ならありの表現なのか、そぐわないのか、分かりません。自分でシェークスピアの原書が読めるようになれば、「古さ」の判断もできるようになってくるのかなと思いますが。
 次に、「藩」の訳語です。和英辞書だと「domain」「province」「clan」といくつか並んでいるのですが、駿河の国だと「Suruga provinceかSuruga domainかSuruga clan」、松平藩だと「Matsudaira clan」となるそうです。「clan」については書き換えが効かないのは、氏族を表す必要から来ているようです。(和英辞書だと藩=clan1語のものもありますが、英語は可能な場合は単語を書き換えしますし、地名と家名は、書き手としては分けたいです)ちなみに、駿河の国も松平藩も松平家(family)も全部、定冠詞の「the」が付きます。固有名詞でも付くのですね。言われてみれば、松平さんは(暴れん坊将軍の健さんを含め)あちこちにいらっしゃるので「弘忠を指す」ためには限定が必要なのでしょうけど、指摘されたときには目からうろこでした。
 そして、これは今回のタイトルに入れたのですが、個人的に一番印象に残った質問です。まだnoteにアップしていない仮訳の内容の話題なんですが、仲睦まじく暮らす松平弘忠と於大の方は、お家事情で別れざるを得なくなります。いわば「政略離婚」です。そこで、織田家と松平家と水野家の力関係を、英語版では日本語版よりやや詳しく記述したのですが、それでも「どうして離婚する必要があるの?」とのコメントが付いていました。カトリックは離婚禁止ですものね。。。欧米には「政略結婚」はあっても「政略離婚」はないのでしょうか。ヘンリ八世は宗教まで作って離婚・次の政略結婚をしていますが、かなり特殊な事情と言えるのでしょうか。このやりとりをしたときに思い出したのが、ミステリの女王の某作です。作中、犯人は「ひそかに重婚」するために殺人を犯すのですが、あの展開は日本のミステリには起こり得ないかもなあ、と考えました。歴史上の出来事に関しては私があまり詳しくないので、事例をご存知の方がいらっしゃれば、ぜひご教授いただきたいところです。(ちなみに、弘忠も次の政略結婚をしています)
 単純に文法的なミスの修正だけではなく、「英語圏の方としての感想」が得られたあたり、DHCの添削はとても有意義でした。感謝するとともに、自分の英語力をもっと高めないと、有効に活用できないな~、とも感じています。


フィリピンや中東の民話もご紹介しまーす。

 さて、笠寺の活動は幅広く、言葉の関連で他にもご紹介したいお話はいくつかあります。また、近いところで書きたいと思っていることがいくつかあって、ひとつは、フィリピンの民話紹介です。私は以前、フィリピン支援のNGOにお勤めをしたことがあり、言葉にも文化にも暮らす人にも大きな魅力を感じます。本屋さんで見かけた民話集には「ツバメとエビの話」があり、何となくソーラン節のカモメとニシンを思い浮かべました。フィリピンも日本も島国ですし、海と山の豊かな自然や米食文化も共通しています。民話の共通点・相違点など探すと面白そうだなあと考えています。
 もうひとつ、紹介できるといいなあと考えているのが、中東の民話です。以前、私は国際協力や医療関連の専門的な英語をイスラームの方に教えていただきました。また、研修で訪問したバングラデシュにて、アザーン(お祈り)の声で目を覚ましたのも懐かしい思い出です。小学校に転職してからは、イスラームの方とはすれ違うくらい(名古屋にはモスクがあり、自宅が近くなので通りすがることはあります)になってしまいましたが、「信仰のある暮らし」もいいものだな、と、バングラデシュを訪問した時も、フィリピン(こちらはキリスト教国)を訪問した時も、感じました。前職のNGOでご縁のあった知人がイラク支援団体に勤めており、古代メソポタミアの物語の紹介をお願いできそうです。世界史が大好きで、四大文明地図をノートに描いて喜んでいた私としては、本当に嬉しい限りです。

 どこにでも人が暮らし、歴史があり、生活があります。民話はそれを伝えるものです。古くからの民話を大切にすることは、その時代の暮らしを、人が培ってきた文化を、その中で育まれた言葉を、尊重することにつながります。民話を掘り起こし、歴史的に紡がれてきたものを大切にすることは、今を生きる人たちを肯定し尊重することへもつながるのです。これはきっと平和へとつながり、子どもたちの将来のためにもなると考えています。

 ご多忙な中、ご協力くださる皆様、素敵なご提案をくださった地球ことば村の皆様に心より感謝申し上げます。様々な国の面白いお話をご紹介することで土地や人の魅力を伝え、多文化共生への一歩としたいです。これから、どうぞよろしくお願いいたします。

【2015年7月18日掲載】


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