「言語ヒッチハイクガイド」
松岡亜湖 小学校教諭・名古屋市在住
頃合いとしてかなり呑気ではありますが、あけましておめでとうございます!本年もどうぞよろしくお願いいたします。新年ということで、ノートパソコンのオペレーション・システムをubuntu https://www.ubuntulinux.jp/ubuntu にしたり、水回りで使うものを石鹸や重曹に変えてみたりしました。生活の軽い見直しです。特に重曹を使うたびに感じるのですが、いろんなものを開発するより、ベーシンクインカムを導入してロー・エネルギー社会に路線変更する方が地球にやさしいんじゃないかしら。。。
さて、昨年の話をすると鬼が泣くかな。。。なんてことをちょっと考えながら、少し時間をさかのぼった話題から入ります。
4.人の手と時間がつくるもの~フィリピンの泥絵とシリアの石鹸~
12月初旬に、フィリピン・カリンガ州・ルプルパ村の泥絵の原画展に行ってきました。泥絵の原画には、印刷の絵本の美しさとはまた違う魅力がありました。自然な土が醸し出す色合いと厚みは、原画にしかないものです。たまたま、現地のワークショップを体験された山本公成さん(後で分かったのですが、音楽家で、バギオを舞台に素晴らしい曲を生み出しています! http://www.yamamoto-kosei.com/)ともお話しでき、3月のバギオ訪問がますます楽しみになりました(日程の都合でルプルパ村を諦めて、マニラからバスで一本、ルプルパの少し手前の都市がバギオです)。
ご本家のバギオ(泥絵絵本の制作や環境ワークショップを企画しているコルディリエラ・グリーン・ネットワークの拠点)では、1月〜2月に原画展とストーリーテリングがあります。絵本の全編の翻訳をいただいているので、その様子は次々会で詳しくご紹介できればと思います。別の民話ですが、こんな様子です。スタディツアーに参加すれば、直接様子も聞けますね。私はお話会もスタツアも行けません。ああ、行きたい……。 http://cordillera.exblog.jp/25161600/
日本の展覧会の会場は京都で、駅からのんびり歩いて行きました。まだ少し紅葉も残り、京都の通りは観光客で大賑わい。ところが、驚いたことに、道を一本外れると、明かりも節約中の薄暗いシャッター商店街が!経済の活性化、地域創生と言いますが、いったい、誰のために行われるのでしょう。名古屋でも、大道芸による大須観音商店街の街おこしが有名で、人通りも多いのですが、大須演芸場は苦境の末に一昨年閉鎖しました(東海地方の方なら、強制執行で閉幕した報道 https://www.youtube.com/watch?v=0A5gXvrmXKQ をご覧になった方も多いと思います)。12月に西方院(笠寺観音の向かいのお寺です)で行われた、かんでら寄席には名古屋を拠点に活動する講談師の小池鱗林さんが登場、秋に大須演芸場が再開した話を聞き、よかったなあ、と思ったのでした。
これは、笠寺の活動に関わるようになってから感じていることですが、本来、街という場所は、「素通り」や「機械化」や「無言」を前提にしていないと思うのです。人間が寄り道して、自分の目で見て、耳で聞いて、手で触って、足で歩いて、お喋りして、判断することを前提にしています。ネットで予約して、効率的に移動して、目的地以外を車で素通りしている内は、街の魅力さえも徒に消費してしまうような気がするのです。
この連載のご縁で、12月には、ことばのサロン・忘年会のお誘いをいただき、楽しい時間を過ごしました。行きは海側を新幹線で、帰りは山側(少し遠回りです)を移動し、藤城清二影絵博物館に立ち寄りました。ハイキングルートをてくてく歩き、途中でアユの塩焼きを食べ、店の人にアルバムを見せてもらい、滝にさしかかると(ちょうどいい太陽の向きで)、水しぶきにかかる虹を見ることができました。往復を飛行機や新幹線で移動したり、山梨でハイキングを省略してバスや車で移動したり、寄り道・つまみ食いを控えたりしていれば、見ることのできなかった風景です。実際、帰りには虹は見えませんでした。虹に巡りあわせたのは、幸福なことです。
人は便利や効率を手にするために、持っていたはずの幸福を手放してしまったのではないでしょうか。手間暇かけて、時間をかけて、初めて見える幸せを大切にするには、ときには非効率や不便も必要なのだと思います。
では、前回ふれた、「アレッポの石鹸」の製法をご紹介します。何度か使ったことのあるこの石鹸に、こんなにも豊かな時間と美しく深い緑が凝縮されているとは、思いもよりませんでした。人間らしい手間のかけ方を大切にする中東の暮らしが平穏を取り戻すことを切に願います。
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【アレッポの石鹸ができるまで】 株式会社アレッポの石鹸 代表取締役 太田昌興
アレッポの石鹸は3昼夜釜で焚き、ゆっくりとつくられ始めます。
釜で炊いてから敷きならして切り分けてひとつひとつ積み上げられ、最初は緑色の表面が徐々にアメ色に変わっていき、1〜2年の熟成期間を経ます。
原料のオリーブとローレルの原産地であり、地中海の風と乾燥した砂漠の風がぶつかり合う絶妙な気候はオリーブに虫をつけず、石鹸をゆっくりと熟成し、硬く溶けにくくしかもお肌に潤いを残す石鹸に仕上がっています。
更に詳しくは、こちらをご覧ください。大人だけでなく、子どもも大活躍できる製法、熟成による色の変化、作る過程がこんなにも味わい深いのかと感動しました。 https://note.mu/asiapaa/m/m40c87113bb47
太田さん、お忙しい中、とても詳しいご紹介をいただき、本当に感謝です。ありがとうございました。
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何度か使ったことのある「アレッポの石鹸」ですが、最初の原稿をいただいた時、原料を釜で炊いた時の緑の美しさには思わず息を呑みました。あの美しい緑の石鹸を、1~2年も熟成させて、茶色っぽくなったものが、中東の豊かな文化と時間の凝縮が私の手元にあるのだなあ、気付くまでは見えないものがあるんだなあ、と感じました。
900年の時間を越えて~写本もエピソードも豊富な「アラビアンナイト」~
さて、「世界の文字」にギルガメシュ叙事詩が登場、興味深く読みました。昨秋、新しい写本(粘土板)が発見されたとのことで、面白いタイミングでアラビアンナイトを取り上げることが出来たと思っています。
http://etc.ancient.eu/2015/09/24/giglamesh-enkidu-humbaba-cedar-forest-newest-discovered-tablet-v-epic/
いいなあ、こういう発見、一度はしてみたい。だけど私は、アッカド語どころかアラビア語すら読めません。日本語情報と翻訳家のみなさまに感謝しつつ、『アラビアンナイト』について、書誌学的なことにも触れたいと思います。JIM-NETの佐藤事務局長のエッセイと「アレッポの石鹸」のご紹介の後には、もはや「蛇足?」という感が、我ながら否めませんが、書籍をめぐる話もまた面白いので、お付き合いください。参考文献は『世界史の中のアラビアン・ナイト』(NHK出版、西尾哲夫)、リチャード・バートン版『アラビアンナイト(角川ソフィア文庫)』、カルカッタ第二版『アラビアン・ナイト1(東洋文庫)』、『図説アラビアンナイト』(河出書房新社、西尾哲夫)です。中でも、『図説アラビアンナイト』はお勧め!美しい挿絵がいっぱいですし、代表的な話を一通り、背景となる文化も含めて堪能できます。第25夜~34夜の「せむしの物語」は、「藪の中」にも似た話で、死体発見で始まり途中はかなり血なまぐさいんですが、オチには不覚にもほっこりしてしまいました。
日本の子ども向けの本だと『アラジンと魔法のランプ』『アリババと40人の盗賊』『シンドバードの冒険』が多いですが、実はこの3つは、最初期の『アラビアンナイト』には登場しません。アッバース朝時代の紙片の日付は西暦9世紀、その後どうなったのか分からないまま時を経て、18世紀にアラビア語の全三巻の写本を元に最初期の『アラビアンナイト』が登場します。少し長いですが、枠物語をご紹介します。
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古代ペルシャ・ササン朝の名君・シャフリヤール王と弟のシャフゼナーン王が、妃の浮気に絶望し、「自分より不幸な者を見るまでは帰らない」と旅に出た。そこに巨大な魔神(ジン)が現れ、二人の王は木の上から様子を伺った。ジンはガラスの櫃から美女を取り出し、眠った。美女は二人の王に「木から降りて自分を抱くように、さもなければジンを起こす」というので、二人は木から降りた。美女は同衾の証に指輪が欲しいと言い、多くの指輪を見せた。それはかつて美女と愛を交わした男たちの指輪だった。二人の王は「巨大な魔神でさえ女性に裏切られたのだから」と我が身を慰めて王宮に帰り、浮気な王妃と侍女と愛人を殺してしまった。こうして女性不信に陥ったシャフリヤールは、一夜限りの妻を迎えては翌朝には彼女を殺すようになった。そこで、宰相の娘で彩色兼備のシェヘラザードが自ら花嫁になると言い出し、王の寝室に入り、命をかけて夜話を続けることになる。
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……というわけで、いきなり魔神ジーニーが(しかも寝取られ男として)登場していたんですね。知らなかったなあ。王様が弟と一緒に絶望していたのも初めて知りました。この最初の写本は、翻訳したフランス人東洋学者アントワーヌ・ガランの名をとって、ガラン写本と呼ばれているそうです。アラビア語の原題は『アルヌ・ライラ・ワ・ライラ(千一夜)』。1704年にフランスで出版されると翌年には英語訳が出、『アラビアンナイト』はこの英訳に由来しており、これ以降、たくさんの版が出、偽写本も登場します。
『言葉から文化を読む』~アラビアンナイトの言語世界~』(臨川書店 フィールドワーク選書⑮ 西尾哲夫)には、『アラビアンナイト』のガラン訳フランス語版初版を求めてフランスの古書店を訪ねるエピソードが紹介されています。古書探しは探検と交渉なのだなあと思えるやりとりが、とても面白いです(内容的に、本好きは買って読むべき味わいだと感じたので、わざと端折って書いています)。
さて、日本でよく知られている『アラジンと魔法のランプ』『アリババと40人の盗賊』『シンドバードの冒険』は、いずれも後から加えられた物語。アラジンは中国(魔法使いはマグリブ=北アフリカ出身)在住、アリババはペルシャ(今のイラン)在住、シンドバードはインド洋を股にかけて活躍、と舞台は幅広いです。バグダードやカイロを舞台にした物語も含む『アラビアンナイト』は、当時のヨーロッパにとって、東方=オリエントのイメージを思い描くための強力無比なツールとなりました。植民地経営の需要に合わせての『アラビアンナイト』の登場となったため、「ヨーロッパが中東世界を色眼鏡で見る元凶である」という見方もあり、中東では近代以降、何度か発禁処分を受けてきました。2010年にもイスラーム系弁護士による「アラビアンナイト発禁」の申し立てがありましたが、エジプト検察当局は「アラビアンナイトは古くから読まれており、芸術家にも影響を与えてきた」という理由で却下しています。
『アリババと40人の盗賊』は、「開け、ゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)」の呪文で有名ですね。この岩の戸は超自然の力と言うよりは音声認識自動扉として開いていますから、「開けゴマ」の場面は空想科学小説の萌芽とも言えます(前回、佐藤事務局長さんも、「パスワード」と表現してらっしゃいました)。登場人物の「Ali Baba」と女奴隷「Morgiana」は英語辞書にも登場しますが、物語の主役は実はモルジアナかもしれません。彼女がいなければ、アリババは、兄カーシムと同じ運命をたどっていた可能性が大きいです。アラブの文学には「奸智もの」とでも形容できるジャンルがあり、悪知恵の手並みを称揚し、必ずしも勧善懲悪的な終わり方にはならない作品群があるそうです。このジャンルにおけるヒーローは悪知恵を使って成功する悪党の方で、とはいえ、暴力的な悪事が称賛されるわけではなく、巧妙な手管や駆け引きを用いなくてはならないそうです。そうすると、盗賊団と丁々発止の知恵比べをやって、最後には一味を皆殺しにしたモルジアナは、「奸智もの」ジャンルの主人公を代表するキャラクターといえます。
日本の書店にある「アラビアンナイト」の多くはバートン版です。私は、バートンについて「アラビアンナイトを扇情的に訳した人」という印象しかもっていなかった(原書に当たれない八つ当たりで辛口になのかもしれません。。。アラビア語が読めないばかりか、読む向きさえも間違っていました。横書きで右から読むんですね)のですが、出版ほやほやの『世界収集家』(早川書房、イリヤ・トロヤノフ)を読み、「ああ、この人も<よそ者として異文化に飛び込んだ仲間>なのだな」と、人物像が変わりました。リチャード・フランシス・バートンについて、訳者あとがきから引用します。
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数々の著書を残した探検家としてのみならず、『アラビアン・ナイト』や当時は禁じられた『カーマ・スートラ』の翻訳者として知られるバートンだが、エキセントリックな人物だらけの十九世紀イギリスにあっても際立った変人で有名だったらしい。それはそうだろう。一方では十九世紀の大英帝国人らしく世界中を訪れ、その地の人間、自然、風習や文化について書き記し、スパイ活動までやってのけた。ある意味、収集、分類、分析によって世界を把握し、征服する、帝国主義の精神を体現する人だったと言えよう。だが一方でバートンには、大英帝国人の典型とは真逆の側面もあった。どこへ行っても現地の言葉を学び、風習を身につけ、地元の人間の中に難なく溶け込む。支配者として異国の人々と事象を上から、距離を置いて眺めるだけでは飽き足らず、彼らの中に自ら飛び込み、彼らの一員になろうと努力し、いつしか彼らと同じ視線を獲得していく。「世界の見方」が決定的に違っていたのだから、当時のイギリス人から見れば、なんとも型破りな、理解不能な人だったことだろう。世界中のどこにでもすぐになじむのに、祖国イギリスにだけは適応できない。イギリス人の視野の狭さ、傲慢な世界観を激しく批判し、軽蔑しながら、それでいて終生イギリスでの栄達を目指し、名誉を求めた、矛盾した存在としても描かれている。複雑で多面的なバートンという人物像は、本書で描かれる世界の多様性を体現しているかのようだ。
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『世界収集家』は、バートンの生涯を詩情豊かに描き上げた長篇小説です。あらすじ紹介が、私の筆力では難しいため、「なるほど!」と思う紹介のあったブログのリンクを貼ります。 http://tuyu.jugem.jp/?eid=387
さて、前回、書くつもりで抜けていたことがありました。記事をお寄せいただいたJIM-NETの佐藤事務局長のフェイスブックの骨太な現地報告は、とても読みごたえがあります。「ことば村連載」ということで、日ごろの報告とは勝手の違う内容をお願いして恐縮でした。テントウムシのケーキで新年をお祝いした報告、未読の方はぜひご一読を。 https://www.facebook.com/maki.sato.7330 合わせて、前回ご紹介したイベント「今、ここにいるわたしたち」報告もご紹介します。 http://www.christiantoday.co.jp/articles/18387/20151231/jim-net-rikkyo-university.htm
新年早々、IS関連の動きとはまた別に、中東の不安定な情勢の報道が流れてきます。せめて日本国内の多文化共生くらいは前に進む一年にしたいものです。JIM-NETさんは2月12日(金)から17日(水)まで東京のギャラリー日比谷 http://www.g-hibiya.com/ でチョコ募金の缶の絵の原画と写真の展覧会「いのちの花展」~I am not ephemeral~を開催します。イラクの子どもたちの絵を通して生きる力やJIM-NETの魅力・イラクの魅力を感じてほしいです。トークイベントもあるそうで、詳細後日ブログやホームページにて告知します、とのことでした。 http://jim-net.org/blog/event/2016/01/212-17.php
次回は、フィリピンの言語の話と、冒頭で触れたルプルパの民話絵本の詳しいご紹介です。また、2月21日に見晴らし台考古資料館にて、笠寺の梅林寄席が行われます https://note.mu/asiapaa/m/m48427ad00930(ちびっこ大喜利が楽しみです)ので、そのお話も交えられるといいなあと思います。本年もよろしくお願い申し上げます。
【2016年1月25日掲載】