地球ことば村
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【地球ことば村・世界言語博物館】

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「言語ヒッチハイクガイド」


松岡亜湖 小学校教諭・名古屋市在住

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5.Bahala na(何とかなるさ)の国フィリピン
  旅や出張を通して見えた多言語状況のご紹介(1)
  フィリピノ語①


 早いもので、新天地への旅立ちの時期を経て、若葉の頃となりました。皆様如何お過ごしでしょうか。人間の美しさと言葉の花が輝く1年にしていきたいものです。

 

 2月にJIM-NETの「いのちの花展~I am not ephemeral」を見てきました。

http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-1419.html

 

 チョコ募金の缶の元となる美しい花を描いた、大きな瞳の子供達の多くが病で命を落としていると思うと、今も胸が痛みます。次回の募金の際に、愛らしい缶を直接手に取っていただきたいので、ここで画像を載せることは控えます。ぜひ実物をご覧ください。手のひらサイズの本当にかわいい缶です。

 国際社会に軍事力の解除を要請できる外交力を持つためにも、日本が、経済力や武力に依存せず言葉の力で外交を行う勇気を持ってほしいと思います。なお、ここに書いた「言葉の力」というのは、決して、威圧的な物言いという意味ではありません。冷静かつ粘り強い態度で言論を駆使し、異文化がせめぎ合うタフな環境に屈することなく交渉・説得につなげる発言力、という意味です。

 

 そしてこれも少し前の話題になりますが、ことば村のウェブサイトに前川健一さんがサロンでお話された様子が上がりました。

http://www.chikyukotobamura.org/forum/salon160312.html

 

 「旅行人&アジア雑語林の前川さん、待ってました!」の心境でした。行きたかったなあ。言語ヒッチの連載のお話が実際に動き出した時(きっかけになるメールのやり取りから、かなり日が経ってのことでした)、「わあ、旅行人の田中真知さんに私の文章が回覧されてる♪」と大喜びしたのですが、田中さんのサロンも行けなかったし(先日、ことば村のおかげで直接お話出来てサインも頂いてはおりますが)。

 名古屋暮らしを気に入っているのですが、こういう点では、東京が羨ましい?。もしかして蔵前さんがサロンに登場したら絶対に行きたいところです。前川さんの時も田中さんの時も、自宅には居たので、会員特典でスカイプやニコ動実況で参加などあると嬉しいところです。映像を残していただくだけでも贅沢なことなんですけど、人間、強欲なもので、場と時間を共有したいと願ってしまいます。

 

 さて、第一回でご紹介した笠寺観音人質交換記の英訳ですが、「広忠の後添え・真喜姫の父(竹千代の義母の父)である戸田康光」の説明でダウンしております。そんな英語化しづらい遠縁の癖に、余計なことすんなや!という理不尽な怒りまで感じてしまいました。いえ、康光には康光の事情(山岡荘八版「徳川家康」2巻に詳しいです)があったんでしょうけど。。。英訳の際に時折参照するのがサムライ・アーカイブ http://www.samurai-archives.com/ なんですが、ここにも載っていないのです、戸田康光。ううう。

 

 と、行き詰まっていたところで、12月に、講談師の小池鱗林さんが、元祖(日本語版)の「笠寺観音人質交換記~徳川家康と岡崎衆との絆」を講談化していることが分かり、「おお、日本史の英訳より、講談に字幕付ける方が楽しそうだし受けそうだ!」と思いました。小池さんは、4月から上方講談界の亭号「旭堂」を名乗り、旭堂鱗林(きょくどうりんりん)さんを名乗っています。大須演芸場の真打襲名披露興行にも登場してます。お墨付き、おめでとうございます。http://www.osuengei.nagoya/ 

 話芸の字幕付け、やってみたかったんですよね~。旭堂さんが忙しくなりそうな様子なのと、雑にやると詰まらなくなりそうなのとあり、気長に相談の機会を待ちたいところです。(例えば、寿限無は「寿限り無し」の意味があるけれど、「Jugemu」は無意味な文字列になってしまいます。単語ひとつ取っても、翻訳は難しいです)

 

 そもそも、この企画は、「笠寺の魅力を外国の方にも伝えたい」という目標があります。現状では民話の英訳だけでは、目標達成が難しいということで、外国の方も参加できるように通訳付き和小物製作イングリッシュカフェをやろうという企画が持ち上がっています。かんでら門前亭の<かもん>グループと共同です。豊川稲荷へ古布を探しにも行ったという本格派のグループです。作品はこんな感じです。素敵でしょ?

https://www.facebook.com/ako.matsuoka.7/media_set?set=a.971369386243917.1073741834.100001125941140&type=3

 

 そんなわけで、皆さん、秋の笠寺にて、和洋折衷のイングリッシュカフェを訪問し、楽しいひと時を過ごしましょう。今から宣伝です。来てね?♪

 

 もうひとつご紹介です。大阪の国立民族学博物館にて、「シンドバード航海記の成立の謎を追って」という講演会があります。

http://www.minpaku.ac.jp/museum/showcase/media/tabiiroiro/chikyujin330?platform=hootsuite

↑この内容を詳しく聞けるわけですね。詳しい情報は「催し物のご案内」→「友の会講演会」6月の情報で確認できます。

 奇しくも、「季刊民族学」http://www.senri-f.or.jp/kikanshi/bkn.php 最新号(156号)の表紙はフィリピンのパンデサール。講演会に行ったら、ぜひ、フィリピンの朝食の風景にも触れていただきたいなと思います。

 

 それでは、フィリピンの言語のご紹介です。フィリピノ語、ビサヤン(セブアノ)語、イロカノ語、と5~6回に分けて連載します。今回は、「ヒッチハイクガイド」らしく、旅行情報も盛り込みますね!



天賦の才?フィリピンの皆さんが得意なものは……

 

 まずは、イントロクイズ。歌手と曲名を当てた貴方はかなりのフィリピン通です。

https://www.youtube.com/watch?v=rFbI0qlCh7w

 

 正解は、Donna Cruz の、「Isang tanong Isang sagot」。言うまでもなく、サザン・オールスターズ「真夏の果実」のカバーです。フィリピノ語の題名が「一問一答」……ではあんまりですね。「君に聞きたいのはただひとつ、答えもひとつしかいらない」という内容から題を付けると「愛していると言ってくれ」というところでしょうか。メロディーはサザンですが、歌詞はかなり変わっています。「ヒット曲で覚えるアジアの言葉?フィリピン語」 http://www.asiabunko.com/p_hitkyokude.htm に詳しいです。

 

 NGOで働いていた頃、私は、Donna CruzとRegine Velasquez、Gary Valensianoの歌が好きで、出張の折にはCD屋と本屋に出かけるのが楽しみでした。Regineについては、たまたま情報を得ることが出来て、初来日コンサートにも行ったのです。

http://www.angelfire.com/music5/regine/concerts/concerts_abroad.htm
 2002年10月18日、鶴舞公会堂、JayaとRegineが可愛い日本語を喋っていたのが、懐かしい思い出です。年表で見たところだと、初来日コンサートに出向いたことになります。今より情報は遥かに少ない中、日程を把握したあたり、「意識高い」とはまさにこれ(かな)。この自慢を堂々記述するために、言語ヒッチ連載を始めたと言っても過言ではありません(フィリピン篇で終了という意味ではありません)。

 因みに、April Boy Reginoのカバーで、こんなのもありますよ~。

https://www.youtube.com/watch?v=cE6lqEx40OM

https://www.youtube.com/watch?v=zUHEr1afUzI

 

 こんな調子で学習に入ったため、最初に覚えた単語はMahal kita = I love you系列の言葉ばかり。うかつに使えんがな。ここでフィリピン人のイケメンにめぐり会って堕ちていたらどんな人生だろうか、なんて夢想が、当時ゼロだったとは言いませんが、現実は厳しいです。実は、出張時に、飛行機で「今から妻と家族を捨ててフィリピン人女性に結婚を申し込む」という方の隣になったことがありました。成り行き上、話を聞いて連絡先を交換したのですが、帰国後、「有り金全部巻き上げられた」というグチ電話がかかってきて、「はあー、型通りの不幸展開ですね」とはとても言えるわけがなく、「愛の逃避行は、奇跡的両想いでないと成立しないんだなー」という思い付きを直接言えるわけもなく、モゴモゴと言葉を濁して電話を切りました。すれ違う人生は、時に、ことさらにドラマチックに見えるもので、国際結婚でごく普通に幸せな暮らしを営むご夫婦もNGO関係者には珍しくはない中で、強烈な不幸の印象の方が強く残ってしまったのは、自分でも残念です。外国や異文化は楽しいですが、無防備で飛び込むのは良くない(敢えて災難の予感を自覚して不幸になりたくて入る場合はまた別)、という例ですね。

 

 さて、歌で覚えたフィリピノ語、実際にマニラの街角で耳にする曲が聞き取れると大感動です。ただ、それだけだと国際協力に行き着かないので、白水社のエクスプレスシリーズなど、正攻法の学習でちょっと単語を覚えた後に、耳鳴らしに使ったのがこれです、TVパトロール! http://news.abs-cbn.com/tvpatrol/local

 冒頭を比較すると、言語による挨拶の違いが分かります。フィリピノ版(マガンダン・ハポン)、セブアノ版(マーヨン・ブントッグ)、イロカノ版(ナインバーグ・パナホン)、他(聞き取れないけど、とにかく違う言葉)、という風に。冒頭以外は結局すべてフィリピノ語で、各土地の言語での放送はしていません。

 

 TVパトロールの言葉が全部フィリピノ語っぽいな?というのは、確証がなかったのですが、4月のフィリピン訪問時にCGN(コルディリエラ・グリーン・ネットワーク)の反町さんとお話して、確信に至りました。

 

 CGNは、第4回の冒頭でふれた、あの素敵な泥絵絵本を作った団体です。

http://cordigreen.jimdo.com/%E5%9B%A3%E4%BD%93%E7%B4%B9%E4%BB%8B/

http://www.tala-guesthouse.org/

 

 CGNは、TALAという素敵なゲストハウスを運営していらっしゃいます。TALAでの宿泊はとても楽しく、ゲストハウス併設のカフェで反町さんとお話しました。バギオの旅やイロカノ語のこと、泥絵絵本の話と合わせて、後日、詳しく書きます。

 

 ボクシング選手のManny Pacquiao(あだ名はパックマン!)http://pinoygreats.com/ が話題になった時、「そうかー、フィリピンの人はステップがいいもんなー、ボクシングも上手そうだなー」と、つい納得しました。フィリピンの人はバスケやダンスが上手。なんと、長距離バスの駐車場(絶えず車が出入りしています)にまでバスケット・ゴールがあり、どうするのかと見ていたら子供が風船をシュートして遊んでいました。な、なるほど。ダンスでスラムを脱出した子供についても、上述のTVパトロールや大手新聞のInquirerの報道で時折目にします。貧富の差・経済格差のあるフィリピンで、身体的な才能は、逆転につながる武器なのでしょう。こちらはトンドのスラムを脱しバレエを志したJessa Baloteさんの記事。「From  ‘basurera’ to ballerina」(basureraの根語のbasuraはフィリピノ語で「ゴミ」のこと)

http://newsinfo.inquirer.net/266608/from-basurera-to-ballerina

 

 4月にマニラに出かけたときは、パヤタスごみ処分場近くのバスケットコートで、高校生か中学生くらいの男子が皆、みごとなダンク、シュート、股抜きパス、股抜きドリブルを交えて遊んでいました。必死の試合でなくとも、路上で遊んでいるだけの子供たちが既に実力充分です。

http://primer.ph/blog/genre/all/basketball-in-the-philippines/

 上の記事に紹介のある、ビールで有名なサンミゲル・チームと、粉ミルクブランド・アラスカ・チームの試合。フィリピン英語とフィリピノ語の実況も合わせてお楽しみください!

https://www.youtube.com/watch?v=x7n8_DHYzqo

 

 そんなわけで、フィリピノ語(タガログ語)は、とっかかりはとても面白いしとっつきやすいです。何せ、見た目はローマ字ですから、棒読み可能だし。歌で覚えると、街角ラブソングが聞き取れるので、歩くのが楽しくなるし。フィリピンは英語が通じる(ローマ字発音に近い分、日本人には欧米英語より聞き取りやすいかも?)ので、旅しやすいですし。語彙が増え、陽気で元気なフィリピンの人との会話のネタが増えるのは充実感があります(バスケかギターの腕があれば、さらに馴染みやすいです)。現地に赴けないときでも、テレビパトロールなどウェブニュースで耳にすることもできます(他の地域言語はアクセス方法が限られます)。ですが、まともに身に付けようとすると手強い!面白さと手強さをご紹介します。



リンカー、マーカー、アスペクト?


 フィリピノ語・・・・・・だけでなく、外国語学習には、日本語習得途上では意識したことのない文法や発音が必要になります。発音だと、RとL、FとHの違いあたりが定番でしょうか。フィリピノ語の場合、旅行中の簡単な会話でしたら、ローマ字発音で何とかなります。学習が進むと軟口蓋鼻音のngや声門閉鎖音など強敵が現れますが、学習開始当初の強敵は、文法にあると思います。上の文法用語の中で、耳にする機会が多そうなのは「アスペクト=相」でしょうか。英語なら、いわゆる、完了形や進行形にあたります。時制とは別に、「これから行う」「途中である」「終わっている」いずれの状態であるかを指すのが、「相」です。フィリピノ語の場合、相によって動詞が変化します。例えば、

動詞の性質 語根 不定相
(基本形、未開始)
完了相
(既に開始され、完了している)
未完了相
(既に開始されているが、未完了)
未然相
(開始されていない、または予期されている)
意味
行為者焦点
(MAG動詞、MA動詞、UM動詞など)
kita magkita nagkita nagkikita magkikita 会う
対象焦点
(I動詞、IN動詞など)
luto iluto iniluto iniluluto Iluluto 料理する
方向焦点
(AN動詞)
bayad bayaran binayaran binabayaran bibayaran 支払う

と、いう風です。これが覚えられない?(旅行中の片言会話レベルなら、とにかく語根を出せば通じます。因みに、上の3つ目の単語の語根Bayad(バヤッド)は、ジープニーでお金を払うときに使うので、旅行時には必須単語です)。学習開始当時は「相」という発想が自分の中になかったため、「何それ??」で、なかなか腑に落ちませんでした。子供の頃の学習は、変なちゃんぽん言語よりも、母言語をしっかりと身につける方がいいと考えていますが、各国言語を学ぶ際の基礎となる文法は、子供の内に学んで置く方がいいのかな?とも思います。機械的に教えるとどえりゃー詰まらないし意味不明になりそうなので、実際に多言語に長けた人が必要性を説きつつ動画配信等で受講、という条件でないと、できないかもしれませんが。。。

 

 次に、リンカー(linker、繁辞)とマーカー(marker、標識辞)です。リンカーは、字面どおりの意味で、前後の単語をつなぐ役割があります。例えば、美しい=maganda、花=bulaklakで、美しい花=Magandang bulaklakとなります。このngがリンカーです。「この家」であれば、bahay na itoとitong bahayのどちらでも表せます。5ペソはlimang piso、4日はapat na arawです。前後にある母音との関係で変化します。

 

 マーカーは言語形式に付されてその形式の範疇(はんちゅう)を表示する標識のことです。主語を表す格標識辞ang、所有や所属を表すng、方向や所属を表すsa、が挙げられます。日本語で言えば「て、に、を、は」に近いでしょうか。例を挙げると、 ang iyong damdamin = 君、の意味になります。iyoが君なので、ng(所有)のマーカーもあります。ang ganda mo や、ang iyong ganda は、両方とも「あなたの美しさ」の意味になります。方向や所属のsaだと、例えば、para sa akin=僕に対する、の意味になります。これは、para sa iyoやpara sa akinで、for meやfor youの意味になり、恋の歌に必須の連語です。sa bahay=家で、の意味になります。

 因みに、フィリピンでは伊代(いよ)は、Youの意味になり、私の名前である亜湖(あこ)は I の意味になり、来比の度に空港の手続き途中で誰かにニヤニヤされます。余談ですが、太郎(たろう)はtalongで、「えっ、あなたは茄子?」となるかもしれません。余談ついでにbakaは牛です。「そこに牛がいるよ」が「iyan, baka」になる筈なんですが、マニラには牛がおらず、脈絡がなくてギャグとして通じる気がしないので、口に出したことはありません。Anoが何、etがそれ、「あのー、えーと」と困ると、「What ah, its…」という感じになり、日本語の意図とだいたい同じ内容で伝わります。

 

 次回は、アバカダで始まるフィリピン・アルファベットの話と、マニラの歩き方&簡単な旅行会話をご紹介します。アジアのラテン国家・フィリピンが誇る多様な言語と文化の魅力が皆さんに伝わりますように!

【2016年6月1日掲載】


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