カナク人(ニューカレドニア)のことば
パプア・ニューギニアやニューカレドニアを含むメラネシア地域は言語の宝庫だ。メラネシアは先史時代から多様な人種が居住し、また通過した地域で、その結果、異種の言語要素が混ざり合い複雑な言語が生まれた。社会形態的にも小さい部族集団が今日まで存在し、互いのアイデンティティーや言語の独自性を保ってきた。
ニューカレドニアはフランスの海外領土で、18万人程度の人口を先住民であるカナク人とフランス系移民、ベトナムや他の太平洋の島々からの移民でわけあっている。2万平方キロメートルに満たない面積のニューカレドニアには28もの先住民語が存在するが、その半数以上は話者数が千人以下、共通語のフランス語に圧されて衰退の一途を辿っている。先住民語はオーストロネシア語族に属するとされるが非常に多様化しており、祖語との関連を見つけることはしばしば容易でない。
これらの言語は本島の5つにロワイヨテ諸島を加えた6つのグループに分類できる。言語間の差異は音声面で特に著しく、北端、北部地域の言語(クマック、ネミ語など)では有気無声閉鎖音、有気鼻音、有気側音(hm,hlなど)や、後鼻音化閉鎖音(pm,tnなど)を含め、子音が40個近くあるのに対し、南部では25個程度しかない。中部(チェムヒン、パイチン語など)や南部の言語(アンジュー、ティンリン、ハランチュー語など)には、前鼻音化閉鎖音(mb, nd, ngなど)や、軟口蓋音化した唇音(pw, fw, hwなど)がよく見られる。反り舌音と歯音の対立( t /tr, n /nrなど)、声門閉鎖音を持つ言語も含まれる。母音は逆に北部は5つ程度だが南部では数が増え、パン島では19個も存在する。 音節構造も北部やロワイヨテ諸島では語末子音があるのに対し、中・南部では母音で終わる開音節構造となっている。中部や南端地域には声調を持つ言語もある。ロワイヨテ諸島の言語(ネンゴネ、デフ語など)は本島の言語と異なる点も多く、有気鼻音はあっても、前鼻音化閉鎖音や鼻母音は存在しない。ウヴェア島のファガ・ウベア語は唯一のポリネシア系言語で、ワリスからの多くの移民によって話されている。
ニューカレドニアの言語間の文法的差異は音韻的差異に比べると少ないものの、多くの異なった特徴がみられる。語順を見ても動詞が文頭にくる(VOS)言語と主語の後にくる(SVO)言語があり、格標示、時制・アスペクト体系、形態素のすべてにおいて違いが観察される。
参考文献:
- Haudricourt, A.G., (1971) New Caledonia and the Loyalty Islands. In: Sebeok, T.A. (ed.) Current Trends in Linguistics, vol. 8: Linguistics in Oceania. The Hague: Mouton.
- Osumi, Midori, (1995)Tinrin Grammar, Honolulu: University of Hawai`i Press.
- Osumi, Midori, (1994) New Caledonia: language situation. The Encyclopedia of Language and Linguistics, ed. by Asher, R.E. and J.M.Y.Simpson, Oxford: Pergamon Press.
《大角翠:東京女子大学(2005年掲載)》
★ 先住民語のひとつ「ネク語」が聴けるサイト
ニューカレドニアのおはなし「ネズミのしっぽ」(大角翠 著、あべ・ボストン 絵)
ネク語とフランス語で絵本の朗読が聴けます。
※ 日本語版絵本はこちら
(2020年8月23日地球ことば村加筆)