ことば村・言語学ゼミナール
■ 言 語学ゼミナール(9) |
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● 2009年5月16日(土)12時30分-13時30分 前回はまず「ミル」と「ムカウ」を例に日本語の動詞の基本的な形態を見ました。そこから得られた当面の問題を「報告8」の表にまとめておきましたの でごらんください。 ついで形態論が「貧困だ」といわれている中国語に関して、中国語もいくつかの種類の非自立的形態範疇があるという主張(例:木村恵介2009)をみて、 例 文を観察しましたが、今回はこの問題を一歩進めて、形態論と統語論との領域が交叉している例をひとつ見ました。
中国語では、サセルを次のように表現するとふつうの文法書には言われています。これらはサセルを表す語がある場合です。
しかし次のような文を見ましょう(木村2009,p.111): これらの文にはいわゆる使役の助動詞がありませんが、2動詞の複合のうち前の動詞1が原因で後の動詞2が結果したこと、つまり動詞1が動詞2を引き起こ した ことが示されています。完了の了がつくことが条件です。この構文は「動補型複合動詞構文」と言われます。この構文自身が使役関係を表示します。
次の例を見ましょう。今度はの動詞1も動詞2も動詞句を作っています。二つの動詞が複合していると言うより、二つの動詞句の複合と見られます。
これらの文について木村2008は「V1+V2は形式の上から結果を含意することが意味として表されている」と言います。(p.103)つまり連続した
二
つの動詞句の間に因果関係があると言うのです。これを次のように表してみましょう。⊃は「…なので…になる」、つまりcausation=サセルを示すと
します。 問題は動詞句1も動詞句2も自動詞であっても他動詞であってもいい。動詞句2が結果相を表して、それに了がついて、主語や目的語(句)が文末に配置され る ことです。この構文そのものが結果相の使役を表します。サセルを表す語彙がなくて、構文そのものがサセルと表すと考えてよいでしょう。この構文で用いられ る動詞の意味的な特性(そのうち特に「動作様態」aktionsartenと言われてきた特性)について、また主語目的語などの項の配置に関してはまだま だ調べるべきことはあります。しかしここでは、中国語では特定の語彙ではなく、特定の構文がサセルを表すのに用いられるということを認識しておきましょ う。 日本語の使役に戻ります。
「みせる」と「見させる」を比べてみます。共に使役的です。しかし「みせる」は使役性他動詞で「みさせる」は使役複合動詞です。この種の動詞構造がどの
よ
うに脳内で区別されて処理されているのかに関して最近面白い研究結果がだされました。伊藤たかね「ことばの脳内処理-日本語使役構文の事例から-」『ここ
ろと言葉』東大出版2008.pp.155-174です。彼女は、例えば次のような使役他動詞とサセ使役文とでは脳内でのそれらの理解の時間と場所が異な
ることを実験的に示しました。 実験は事象関連電位ERP(even-related potential)の計測によって使役他動詞がすんなりと認識されるのにたいしてサセ構文の脳内処理にはタイムラグが生じること、また特異性言語障害 (SLI)をもつ子供ではサセ構文の処理に困難なみられることをあげて、二種類の使役性表現が「異なる脳内メカニズムで処理されていることを強く示唆する 実験結果を」示しました。図9-4をコピーしておきます。 (金子 亨) |