コプト文字
24文字のギリシア文字に,エジプト文字の民衆書体(デモティック)から採られた6文字(サイード方言)~7文字(ボハイラ方言ほか)を加え,全部で30文字~31文字の表音文字からなるアルファベット式の文字体系(下表の字母表では,3方言の異体字を含む結果,33文字となっている)。これらの文字体系によって表記された古代エジプト語の最終段階に当たる言語をコプト語という。 [1]
コプト語はギリシア語その他多くの外来語を含むが,語彙の大多数はファラオ時代のものの子孫であり,多くの場合,エジプト語の最も初期の諸段階まで遡ることができる。母音記号を欠くエジプト語の相当数の単語の母音構造は,コプト語における形式から引き出すことも可能である。 [2]
コプト語・コプト文字の資料は,ナイル川流域とその周辺のオアシスに集中し,主として3世紀から7世紀の間に隆盛を見た。資料の大多数は,パピルスや陶片にインクで葦(Phragmites communis)ペンや灯芯草(Juncus maritimus)の茎を用いて書かれた。少数ながら木石に刻まれたものもある。それ以後はギリシア語ともども,アラビア語に押されて次第に後退する一方,コプト語からアラビア語への翻訳が盛んになったようである。やがてコプト語の消滅が懸念される状況になり,11~13世紀にかけて文法書や辞書が編まれた。その伝統がのちにヨーロッパに伝わり,シャンポリオン(J. F. Champolion)によるエジプト聖刻文字の解読に寄与することになった。コプト語は,現在でも,コプト教会の典礼で用いられる。
下記資料はコプト語・アラビア語対訳文で,旧約の一節と思われる(コプト語4行目・アラビア語3行目にイスラエルの名がある)。
出典:シルヴェストル, J.B. 著;田中一光 構成(1984)『文字の博物館』(白水社)
コプト文字構成
前3世紀と前2世紀に遡る最古のコプト語はギリシア文字で表記されていたが,西暦1世紀末になると,ギリシア文字に欠けたコプト語の音素を表記するために,エジプト文字から借りた文字を使用するようになる。このごく初期の古コプト語と呼ばれる資料中に現れる文字が文字表3行目に示す補足追加文字である。
書体は次の3種に大別され,各書体には一時期のエジプト文字と同様の,表現内容との結びつきが認められる。 1)大文字書体(Unziale):重要な文献を記すのに用いられた楷書体。2)半大文字書体:重要性の劣る文献を記した行書体。文字表に示すのは,5,6世紀頃の半大文字書体である。3)文書書体:実用的文書を記すための草書体。下に挙げた左側の図は,大文字書体(左ページ)と,半大文字書体(右ページ)である。右側の図は草書体の例。 [3]
数字としての用法
基本的にギリシア語と同じで,日付やページを振るのに常用された。ディガンマ(6),コッパ(90),サンピ(900)は下に示すとおりである。900を表す最後の文字は「十字架」の略記としても頻出する。
nomina sacra
「神」「イエス」「主」など神聖名(nomina sacra)は下記のように略記される。
コプト語テキスト
方言
コプト語には,サイード(Sahidic)方言,アクミーン(Akhmimic)方言,ファイユーム(Fayyumic)方言,ボハイラ(Bohairic)方言などが知られている。中でも,サイード方言とボハイラ方言が最も有力な方言である。例文の出力には TITUS Cyberbit Basic フォントを用いた。
ボハイラ方言
ボハイラ方言は下エジプト方言のことで,アレクサンドリアと北西下エジプトの教会および共通語的なものであった。特に11世紀にコプトの総本山がカイロに移ってから後は,この地の公用教会語となり,後に上エジプトに広がった。例文はボハイラ方言による Mt. 6:9-13である。 [4]
サイード方言
サイード方言は,元来アシュムネイン-ヘルモポリス-アンティノエ付近の方言であったが,5世紀以降上エジプト全域の文語と共通語になった。しかし,11世紀以降はボハイラ方言に取り込まれていった。例文はサイード方言による Mt. 6:9-13 である。 [5]
「そしてすべてのエジプト人は死に,そしてエジプトは神とエジプト人らにより荒地とさるであろう。しかし,おお,川よ,おまえについて言えば,水より多くの血とともにおまえが流れ,そして死体が堰堤よりも高く重なる日が来るだろう,」 |
テキスト入力
ユニコード
コプト文字のユニコードでの収録位置は U+2C80..U+2CFFである。なお,上述したデモティックに由来する補足追加7文字は U+03E1..U+03EF に配置されている。かつてユニコードコンソーシアムでは,コプト文字をギリシア文字の異体とみなしていたため,コプト文字は U+0370..U+03FF のギリシア文字ブロックに含まれ,一部の文字をギリシア文字と共有していた。Unicode 4.1 以降はコプト文字を独立した文字体系として扱うことになる。下の表で,青字で示した文字は古コプト語で,マルーン色で示した文字は古ヌビア語で使用する文字である。
コプト文字表示テスト
下表右下セルにコプト文字が正しく表示されない場合は,ユニコード対応フォント [7] をインストールする。(表示は使用するフォントにより左側の書体と異なる場合がある。)
正しい表示 | お使いのコンピュータでは |
ⲛⲁϣⲱⲡⲉ |
コプト文字入力方法
コプト語用キーボードを Coptic Unicodeから入手し,インストールガイドに従ってキーボードをシステムに組み込む。コプト語キーボードは「英語(米国)キーボード」の下に組み込まれる。コプト語用スクリーンキーボードをデスクトップに表示して,画像の配列を参照しながら,キーボードから文章を入力する。タスクバーには「Coptic Unicode」が表示される。【参照】 多言語環境の設定
関連リンク
- コプト文字 Coptic alphabet
- 中西コレクションデータベース -世界の文字資料- (国立民族学博物館)
- Omniglot: Coptic
- Ethnologue: Languages of the World
- YouTube Coptic alphabet
- Lexilogos [Dictionary / Grammar / Keyboard / Texts & Literature]
- Learn Coptic Language [アラビア語]
- The St. Shenouda the Archimandrite Coptic Society
- [左] Bible (Cairo, The Coptic Orthodox Theological Seminary, 1991) / [右] Papyrus Bodmer XXI. Josue VI,16-25, VII,6-XI,23, XXII,1-2,19-XXIII,7,15-XXIV,23 en sahidique. (Cologny-Geneve, Bibliotheca Bodmeriana, 1963)
注
- ^ 塚本明廣(2001)「コプト文字」『世界文字辞典』(言語学大辞典,別巻,三省堂)
- ^ ヴィヴィアン・デイヴィズ 著 ; 塚本明廣 訳.(1996)『エジプト聖刻文字』(大英博物館双書, 学芸書林)
- ^ Till, Walter C. (1961) Koptische Grammatik (Saïdischer Dialekt) : mit Bibliographie, Lesestücken und Wörterverzeichnissen (Leipzig, VEB Verlag Enzyklopädie)
- ^ The Coptic version of the New Testament in the Northern dialect, otherwise called Memphitic and Bohairic. vol. 1. (Osnabrück, Otto Zeller, 1969)
- ^ The Coptic version of the New Testament in the Southern dialect, otherwise called Sahidic and Thebaic. vol. 1. (Osnabrück, Otto Zeller, 1969)
- ^ Ritner, Robert K. (1996) The Coptic Alphabet. In: Daniels, Petre T. and William Bright (ed.) The world's writing systems (Oxford) 邦訳:佐藤純一(2013)矢島文夫[総監訳]『世界の文字大事典』(朝倉書店)
- ^ 1) Aegyptus 2) ALPHABETUM Unicode 3) Analecta 4) Code2000 5) New Athena Unicode 6) Quivira 7) TITUS Cyberbit Basic